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手の甲プレゼン合戦

 「手の甲に、革命を。」

 その日、社内プレゼン大会の第一声がそれだった。

 発言者は、営業三課の変人、伊藤だった。部署内では「何でも手の甲で解決しようとする男」として有名である。

 「私たちは、手の甲を見落としてきた。手のひらには情熱を、指には器用さを、しかし手の甲には?」

 壇上で伊藤はくるりと腕を回し、自慢の手の甲を見せびらかす。

 「なにもないッ!!」

 空気がピリッと引き締まる。総務の岡島がうっかり飲んでいた麦茶を気管に詰まらせて噴き出した。

 プレゼンのテーマは「今年度、社内文化をどう盛り上げるか?」である。常識的には「月イチの交流会」だの「リモート飲み強化」だのが出てくるべきところだが、伊藤は真顔で言った。

 「社章を、手の甲につけるんです」

 一同、沈黙。

 「理由は?」

 社長が訊ねると、伊藤はポケットから手の甲サイズのミニ社章を取り出し、すばやく装着した。

 「名刺交換の際、名刺よりも先に“手の甲”が目に入る。つまり、無意識に我が社の印象が刻まれる!」

 言ってから、なぜか拳を突き上げた。

 「拳を交えずとも、手の甲で語り合える時代が来たのです!」

 拍手がまばらに起きた。

 というより、皆、どこまで真面目なのかわからず戸惑っていた。

 次の登壇者は、総務部の堅物・平野だった。伊藤とは対照的な“書類の鬼”として社内では一目置かれている。

 「伊藤君のアイディアには、少なからず敬意を払います。ですが、私は実用性と倫理に重きを置きます」

 平野はゆっくりと、ノートPCを開いた。

 「私は『手の甲スタンプ制度』を提案します」

 プロジェクターに映されたのは、社員の手の甲に押された「頑張ったね」「定時!」「会議おつかれ!」などの丸スタンプの数々。

 「この制度では、上司や同僚が“直接、手の甲にスタンプ”を押します。声かけ以上、査定未満の絶妙な労い。出社した瞬間に『よっ、出社!』、定時退社で『やるやん!』。あたたかみのある社内コミュニケーションが生まれます」

 「反論していいですか!」

 伊藤が即座に手を挙げた。

 「“手の甲に触れる”という行為は、場合によってはセクハラに発展します。しかもスタンプが水性なら汗で流れる!私は、スタンプの暴力に反対します!」

 「ではそちらの“社章ピン”は、肌を突き刺すリスクがないと?」

 「安全ピンではありません。特殊な吸着式です。お風呂でも落ちません!」

 「不衛生です!」

 ──プレゼン大会はまさかの「手の甲ディベート」へと発展していった。

 最終プレゼンターとして登壇したのは、入社2年目の倉持だった。

 彼女は伊藤にも平野にも頭を下げ、壇上で深く息を吸い込んだ。

 「私の提案は、『手の甲にメモを書く文化の復権』です」

 一同、ざわつく。

 「昔は、うっかり忘れた買い物、連絡先、暗証番号……すべて手の甲に書いていたんです。でも、スマホのメモ帳がそれを奪った」

 彼女は袖をまくると、手の甲に“あとでパン買う”とマジックで書いて見せた。

 「原始的ですが、便利です。しかも隣に書かれた『ファイト!』で、今日の私、乗り切れてます」

 会場から小さな拍手が起きた。社長もふむふむと頷いている。

 「というわけで、来年度から“手の甲活用デー”を導入しましょう!」

 ついに社長が立ち上がった。

 「伊藤君、平野君、倉持君。全員、採用!」

 え?

 「社章は見た目が良い!スタンプは評価として分かりやすい!メモは、原点回帰だ!どれか一つには決められない!」

 拍手がわーっと広がる。

 ──かくして、「手の甲文化推進委員会」は新設され、社員の右手の甲にはミニ社章、左手の甲にはスタンプと走り書きが並ぶ“怪しい新興企業”のようなビジュアルが完成した。

 なお、三週間後の外部視察で「社員全員がなにかに呪われているように見える」と言われ、全制度は静かに廃止された。


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