凡人、伝説の勇者にされる(予定はなかった)
目を覚ました瞬間、蓮音は砂埃の舞う異世界のど真ん中にいた。
「……これは、いわゆる転移ってやつか?」
辺りを見渡すと、怪しげな露店が並び、獣耳の人や、明らかに物理法則を無視した衣装の魔法使いが歩いている。
異世界。間違いない。
蓮音は頭を抱えた。
「俺、ただの事務職の凡人なんだけど……英語も苦手だし、体育の成績も2だったし……」
そんな彼に、目の前の商人が叫んだ。
「そ、その額の輝き!おぬし、まさか伝説の勇者“ル=ネーン”様ではあるまいな!?」
「いやいやいや、“蓮音(れおん)”って読むから!」
「この世に降臨した名前など、神の導きで必然的に似ておるのだ!」
「雑な理屈だな!」
商人は勝手に話を進め、周囲に言いふらし始めた。
「勇者降臨!勇者降臨じゃー!!」
*
一瞬で広まる“勇者=蓮音”説。
彼は市場のど真ん中で、見たこともない魔物のぬいぐるみを手渡され、謎の祝福を受け、ついには「無料宿泊券付き勇者歓迎会」に出席させられる。
「……あの、俺、本当に違うんですけど」
「謙遜なさるな、伝説の方よ!」
「いや、謙遜じゃなくて、本気でただの地味リーマンだから!」
そしてついに、城から使者が現れた。
「勇者ル=ネーン殿、王が直々にお召しです」
「いやだから違うって……!」
「お召しに逆らう勇者など存在しないのだ」
「詰んだ!」
*
謁見の間。
玉座の王様は立ち上がり、満面の笑みで言った。
「おぬしが、魔王を倒す“伝説の勇者”か。期待しておるぞ」
「やめて!? そういうの、本当に心臓に悪いから!」
「して、勇者よ。なにか望むものはあるか?」
「……自由」
「それ以外で!」
蓮音は観念した。
(このままじゃ、死ぬぞ俺……!)
*
しかし、蓮音は凡人ではあるが、“成果を出すために努力し続ける”タイプの人間だった。むしろ、そこだけが彼の唯一の強み。
異世界でもその習性は健在だった。
「よし。まずはこの状況をどうにかするために、情報収集と人脈作りからだ」
──そして一週間後。
・騎士団の訓練に紛れ込んで基礎戦闘術を習得
・魔導図書館に通って“基礎魔法”の理論だけ丸暗記
・酒場で冒険者と仲良くなり、“実践での逃げ方”を徹底研究
・さらに、異世界の通貨制度と物価の調整に関する提言書を勝手に作って王に提出
結果。
「……この勇者、有能すぎるのでは?」
「いや、動きが地味に勤勉なだけだよ!?」
だが、王も側近たちも口をそろえて言った。
「まこと、真の勇者というものは、こうして地道に人の力を借り、国と共に成長する者なのだな……!」
「拡大解釈がひどい!」
*
そんなある日、突如魔物が街を襲撃した。
「くっ……ついに来たか……!」
蓮音は震えていた。なにせ、彼にとっては“イベントバトル”などではなく、現実の死活問題である。
「よし……逃げよう!」
──だが、背中から声が飛ぶ。
「逃げたら、勇者じゃないでしょ?」
振り向くと、そこには咲茉という少女が立っていた。町の露店で知り合った、発想力豊かな魔法研究者見習い。
「君まで戦場に出る必要は──」
「でも、あんたが逃げたら、私も困るから」
そう言って、魔法陣を展開する咲茉。その表情は、どこか必死で、それでも真っ直ぐだった。
蓮音はふと思った。
(凡人だからこそ、人に頼りながら進むしかない。だったら、今ここで逃げるのは違う)
「よし。行こう。凡人勇者として!」
そして、蓮音は棒のような剣を構えた。
「魔物よ、覚悟せよ!俺の華麗なる“逃げ”スキルと、“足元の石につまずかせる”戦法が火を吹くぞ!」
「普通に姑息!」
*
数日後。
王宮にて、蓮音の功績はたたえられた。
「敵は逃げたが、民は守られた。それが真の勇者というものだ」
「いや、本当、咲茉がすごかったんですよ!?」
「共に戦った仲間の名を挙げるとは、さすが勇者……!」
「もう話聞く気ないなこの人たち……!」
*
そんな蓮音に、王から再び尋ねられる。
「して、勇者よ。今度こそ望みを申してみよ」
蓮音は少し考えて、こう答えた。
「……伝説、消してくれませんかね?」
「それだけは無理だ」
「解雇もできないんだ……」
こうして、異世界に現れた“凡人の勇者”は、今日も誤解されたまま働いている。
けれど、彼自身は少しずつその役割を受け入れ始めていた。
……そろそろ、履歴書に“勇者歴:あり”と書いてもいいかもしれない。
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。