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第43巻 郡山市:コオリヤマノカミの願い

 郡山は「東北のウエストゲート」とも言われる、交通の要衝。だが観光地というより“住む街”の印象が強い。駅前には高層ビルと家電量販店が立ち並び、かと思えば少し歩けば畑と水路とが混在する。派手さはないが、どこか地に足がついた雰囲気。

 そんな郡山の裏通り――人通りの少ない公園の石碑の裏側に、小さな社がある。そこに鎮座しているのが、地味ながら実直な神様、コオリヤマノカミである。

 真面目、誠実、話すときは語尾に句読点が見えるような正しさを感じさせるこの神様。願いはきちんと叶えてくれるが、その実直さがゆえに「忠実すぎてズレる」こともしばしば。

 この日も、清掃の済んだ社の前で正座しながら、木製の帳面に“叶えた願いリスト”を書き込んでいた。

 「昨日の願い……“通学路で転ばないように”。対応:側溝カバーを新調。滑り止めを散布。……うむ」

 そんな中、鳥居の下から、ひとりの青年が現れた。
 彼の名は。地元の短大で美術を学びながら、空いた時間で自作の漫画や小説を書いている創作人間。何かとノートを持ち歩き、構想が浮かぶと突然立ち止まる。創作意欲だけは誰にも負けない。

 この日も、公園のベンチでうんうん唸っていた。

 「……アイデアはあるのに、形にならない……誰か、ちょっとだけ、背中押してくれたら……」

 その言葉を、コオリヤマノカミはしっかり拾った。

 「……背中を押す。了解。まず椅子の座面角度を2度前傾。筆記具の滑りを最適化。BGMは集中用のクラシックを自動再生……あとは――“偶然”の導線をセット。」

 静かに指を鳴らすと、丞の近くを通りかかった少女がひょいと彼の落としたノートを拾った。

 「これ、落としましたよ」

 彼女の名はめぐみ。感覚を信じて動くタイプで、直感力がやたら高い。相手の創作ノートを見て「あ、これ、面白くなりそう」とピンとくる。

 「……読んじゃった、ごめん。でも、いいですね、これ」

 丞は驚いたように目を見開いた。

 「え、え、マジで?」

 「うん。“風でしゃべる猫”の設定が、いい意味で狂ってて。私、こういうの好き」

 「……風でしゃべる猫が、好き……?」
 「うん。意味不明なまま走ってくれるやつ、大好物」

 そこへやってきたのが、莉音。彼女は用意周到、段取り命の少女で、なんでも事前に計画を立てないと気が済まない。

 「めぐみ、また初対面の人とクリティカルな距離感で感想言ってる……。初手が濃すぎるんだってば」

 「直感って、計画外にあるものじゃん?」

 「そういうのは文化祭実行委員では通用しないの」

 めぐみと莉音のやりとりを聞きながら、丞はふわっと笑った。

 「なんか……にぎやかだな、急に」

 そしてさらに、現れたのが祈恵。彼女は“褒められる”ことが原動力で、誰かを褒めることもまた得意。

 「わたし、まだ内容ちゃんと読んでないけど……この表紙のデザインセンス、天才じゃない?」

 「え、表紙まだ仮なのに……?」

 「だからこそ褒めてるの。未完成でも輝いてるって、素敵だもん!」

  祈恵のほめ言葉に、丞は完全に調子を崩していた。

 「ま、待って、なんか、急に、いろいろ来てて……脳が……バグってる……」

 そこへ莉音が、冷静にペンを差し出してきた。

 「とりあえず、書けるうちに書いておいたら? “混乱の臨界点”って、創作のネタに一番向いてると思うし」

 「それ、もはや言いがかりでは……?」

 「言いがかりでもいいの。創作に使えるなら勝ち」

 そんな会話の裏で、コオリヤマノカミは静かに頷いていた。

 「……偶発性、刺激、共鳴。……予定外を取り込んでこそ、創作は深まる。実直にして柔軟――よい兆候である」

 帳面にはすでに次のメモが加えられていた。

 《対応経過:刺激的対話導入済/創作者の照れと混乱:確認済/称賛による自己肯定感ブースト:効果あり》

 神様の“願い帳”は、もはや行動心理学の研究ノートに近い。

 一方、めぐみはといえば、勝手にノートの2ページ目を読んでいた。

 「ねえ、この“過去に一度だけ空を飛んだネコが、次に飛ぶ理由を探す話”って、どう続くの?」

 「それ……まだ考えてなくて……。でも、たぶん“飛べなくなったことを認めてから、違う空を探す”とか……そんな感じで……」

 「えっ、エモすぎるじゃん」

 祈恵が両手で拍手しながら、口をぽかんと開ける。

 「うわー……この人、言葉の選び方が罪深い系だ……」

 「罪深いは言いすぎでは……?」と丞が言ったが、その顔は満更でもなさそうだった。

 それを見て、コオリヤマノカミが再び記す。

 《対象人物:恥じらい→自己承認→創作加速へ遷移中/願望達成率:約67%……順調》

 夕方、公園のベンチの一角で、4人はなんとなく座っていた。ノートはぐるぐると話題にされ、意見が飛び交い、時に「この展開は夢オチでは?」などと論争が起き、また笑いに変わった。

 丞はふと、自分がずっと一人で悶々と悩んでいたことを思い出した。

 ――でも今は、こんなふうに言葉をかけてもらって、作品に反応してもらって……。

 「……俺、たぶん、自分で思ってたよりも“誰かに見てもらいたかった”んだな」

 そう呟いたとき、神様は「よし」とひとこと、誰にも聞こえない声で満足そうに言った。

 「願い、実直に、叶ったな」

 郡山の夕空は静かに朱に染まり、風がページを優しくめくる。創作ノートの端に、小さな葉っぱが挟まっていた。まるで神様の“しおり”のように。


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