第106章 茅ヶ崎市:チガサキノカミの願い
茅ヶ崎駅南口を出た先、ビーチサンダルの音を響かせて歩く珠莉は、人生に迷っていた。
「大学?就職?なにそれ美味しいの?」
就活セミナーは五分で退出、親には「自分探し中」と曖昧に答え、今日も海へ。
結論:波の音がすべてをチャラにする。
ただ、この日は違った。
浜辺にいつもより妙に人だかりができていた。何事かと思えば、その中心で――
「願い、きいちゃうよーん!サーフボードに乗るこの神、名をばチガサキノカミ!」
見るからに軽薄そうな青年が、波打ち際でシャカシャカと踊っていた。
海パンにアロハ、金髪にサングラス、背中には“自由こそ神”の文字。
「えっ、またヤバい人来た?」
「ちがう、あれ最近流行ってる“ちょっとだけ働く神様”らしいよ」
「え、働くのそれ?」
珠莉は思わず吹き出したが、気づいたら前に並んでいた。
暇だったのだ。あと、なんかあの神様、胡散臭くて、ちょっと面白かった。
「よう、おねーさん。願いあるっしょ?」
「うーん……まあ、何か見つかるといいなとは思ってますけど」
「なるほど。“何か見つかる系”ね。OK!気まぐれに叶えちゃう!」
「えっ、いまので叶っちゃうの?」
「波のようにね、寄せて返すのよ!じゃ、いい波来るからチェケラ!」
その日から、珠莉の日常にちょっとした異変が起きた。
まず、目覚ましが鳴る代わりに、
「ワンチャン、今日人生変わるぞ〜☆」という謎の音声が再生される。
朝食に出てきたパンの焼き目が、なぜか“人生”の文字。
「……あの神、ふざけてるのか?」
学校に行けば、校内放送で「湘南ロックンロール注意報」が流れ、
授業中に机の中からウクレレが出てきた。
先生:「……勝手に楽器持ってきちゃダメだろ」
珠莉:「ちがいます!私の机、昨日までただの社会の教科書しか入ってなかった!」
数日後。駅前でなぜか地元ラジオの公開収録に遭遇。
強引にインタビューされた珠莉は、「好きなものは?」の質問に焦って、
「えっ、えーと、サザン?海?あと……地元?」
と、地味すぎる回答を放ったが、パーソナリティがやたらと食いついた。
「いいねー!若者のリアルボイス!いい波来てるよ!」
翌日、その録音がYouTubeにあがり、
タイトルは『地元に全振り!チガサキ愛JKの叫び』。
――軽い気持ちの一言が、まさかのバズり(神様ノルマ:1日10分の労働)だった。
その後、珠莉はなぜか茅ヶ崎市観光課からお声がかかり、
週1で“高校生目線の茅ヶ崎おすすめマップ”の執筆をすることに。
SNSでフォロワーも増え、なぜか神様と連名で“観光アンバサダー”に任命されていた。
珠莉:「いや、なんで?進路決めたわけでもないし、なんかふわっと来てるだけなのに」
チガサキノカミ:「それが“いい波に乗ってる”ってことよ!人生、ノリ!」
珠莉:「いい加減なんだけど、たしかに悪くない……かも」
ある日、珠莉はふと思い立って、大学のパンフレットを取り寄せた。
観光とか、地域づくりとか、そういうの、やってるところ。
少し前まで“意味わかんない”と思っていた分野が、
いまはなぜかちょっと“気になる”に変わっていた。
珠莉:「ねえ、あんたって、やっぱ神様なの?」
チガサキノカミ:「オーシャンビューでスピリチュアル!どうも神です!」
珠莉:「真面目な顔できないの?」
チガサキノカミ:「顔は陽気、中身は実直。それが湘南式神スタイル☆」
願いを叶えるというより、ノリで持ち上げて気づいたら導く。
それがチガサキノカミのやり方らしい。
進路を決めたかって?
――まだ。でも、前ほど焦ってはいない。
珠莉は今日も、波の音を聞きながらこう思う。
「なんか、乗れてる気がする」
波にも。人生にも。神様の軽さにも。
──完──
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