ハートアイCat
「どうしてうちの猫、こんなにモテるの?」
この台詞を口にするたび、三宅ほのか(28歳・独身・地味OL)は自分でも頭がおかしくなったのではと疑う。しかし現実に、彼女の飼い猫・チビタ(オス・雑種・去勢済)は、街を歩けば老若男女が振り返り、公園に行けば女子高生の歓声が飛び、動物病院では他の飼い主の犬に嫉妬されるレベルで、圧倒的にモテていた。
その最大の理由が——
「ねぇ見た!?あの猫、目がハートなんだけど!?」
そう、チビタの目の模様が、完璧なハート型なのだ。
「天然よ?あたし、メイクしてるわけじゃないのよ?」
そう言っても誰も信じてくれず、たまに「どうやってアイラインで描くんですか?」とメイク講座をお願いされる始末である。
しかしチビタは、モテるくせに性格がひどく悪い。抱っこしようとすればパンチ、写真を撮ろうとすればドアップでレンズをなめ、甘えるのは朝の目覚まし代わりに顔面に飛び乗る時だけである。
ほのかは言った。
「顔だけでモテるって……芸能界なら干されるわよ?」
チビタはあくびして無視した。
そんなある日、近所の人気カフェ「ねこみみ堂」からDMが届いた。
《あなたの猫ちゃん、モデルにしませんか?》
どうやらSNSでバズったチビタの写真が、カフェのマネージャーの目にとまったらしい。
「これってチャンス……?いや、でもこの猫、超性悪なんですけど……」
悩んだ末、彼女は面接を受けに行った。
当日。カフェの扉を開けると、猫耳カチューシャをつけたスタッフたちが大歓声で出迎えた。
「わああ本物だー!!ハートアイのチビタくん!!」
「オーラがすごい……目を合わせられない……」
「こっち見た!あ、今ツンってした!最高!!」
「うちの彼氏よりカリスマ性あるわ……」
一方、チビタはというと、早速スタッフのバッグに入り込み、魚肉ソーセージを盗んでいた。
マネージャーが拍手しながら言った。
「いや〜、これは売れますよ。カレンダー、写真集、LINEスタンプ、いけます!」
「えっ、LINEスタンプ!?うちの猫、セリフとか吐けないですけど……」
「大丈夫です。“おつかれハートアイ”とか、“許さニャい”とか、適当にこっちでやりますんで」
話はトントン拍子に進み、ほのかは“チビタ専属マネージャー”として週末だけ仕事を手伝うことに。
しかし撮影現場は地獄だった。
「はいチビタくん、おやつあげますよ〜」
→無視。
「ハートの目でカメラ見てくださ〜い!」
→ケツを向ける。
「じゃあ、お花と一緒に撮りましょうか〜」
→花瓶を倒す。
あまりの傍若無人ぶりに、ついにスタッフが泣いた。
「……猫ってこんなに……自由なんですか……?」
「自由すぎてこっちが不自由になるんです……」
ある時など、撮影中にスタジオを抜け出し、近くの高級寿司店に勝手に入り込み、大将の前で三つ指をついて座り「ニャー」と一言。まぐろの大トロをまんまとせしめた。
その夜、チビタはほのかの枕元でぐるぐると喉を鳴らした。
「……どういう心境なの、それ」
「……ニャ(勝者の風格)」
だが、ある日突然チビタは活動休止を宣言した。いや、言葉ではない。ただ、自らキャリーバッグに入って鍵をかけ、ベッド下に籠城したのだ。
その理由は翌日発覚する。
新しく撮影に参加したスフィンクス猫・“ルイ13世”が、ハートアイを上回る“王冠型瞳孔”を持っていたのだ。
「この時代はもう……愛より権威です!」
「推し変しました!!ごめんなさいチビタ様!!!」
スタッフたちは即座に寝返り、ルイ13世を囲んで撮影開始。チビタは、ベッド下からじとっと見ていた。
「……猫の世界も、移り変わり早いな……」
「いや、それを“美意識の進化”って言うんだよ……」
だが、それから数日。彼は静かに復活する。
ある夜、チビタは唐突にほのかの顔面に着地し、彼女のスマホを勝手に開いた。そして、インスタの自分のアカウントを指でぽちぽちし始めた。
「あんた、自分でSNS見てたの……?」
「……ニャ(フォロワーまだ五万いるし)」
翌日、ほのかはチビタに“復帰ポスト”をあげてやった。
《#ハートは永遠 #愛は負けない #王冠なんかにゃ負けニャい 》
すると、コメント欄には
「帰ってきてくれてありがとう!」
「やっぱチビタでしょ」
「ルイ13世、ちょっと偉そうすぎて無理だった」
という声が並び、チビタは再びスポットライトの中心へ戻った。
その夜。ほのかは小声で言った。
「……ねぇ、なんでそんなにモテるの?」
チビタは彼女の膝の上でとろけるように丸まり、ハートの目をほのかに向けた。
「……ニャ(顔だけじゃないんだよ)」
「いや、顔が99割でしょ」
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