『肌色という戦場』
高校三年生、坂本ミツルは悩んでいた。いや、世間から見れば些細な問題かもしれないが、彼にとっては命運を分ける大問題である。
「なあ、どっちだと思う?」
放課後の美術室。彼は親友の内海カズキに二つの絵の具チューブを突き出していた。どちらも「肌色1」と書かれている。
「ん?こっちは“薄い肌色”って書いてあるけど、もう一個も肌色だな……って、どっちも同じじゃねぇか」
「いや、それが全然違うんだよ!」
ミツルは真剣な眼差しで説明する。
「俺、美術の卒業制作で“人間の本質”をテーマにしてんだけどさ……肌の色ひとつで、もうメッセージが180度変わるわけ!」
「お、おう?」
「こっちの“薄い肌色”は儚さと繊細さを示してるけど、従来の“肌色”はリアリズムと土着性を象徴しててだな……」
「なんかもう、色に思春期詰め込んでない?」
「俺は色で戦ってるんだよ!!」
実はミツル、去年の文化祭で自作ポスターに“肌色”を塗っただけで、「多様性が足りない」と美術部の顧問に呼び出された因縁がある。
それ以来、彼の中で「肌色」は禁断の魔法、「取り扱い注意カラー」として君臨していた。
——で、今年の卒業制作。
彼は挑戦状を叩きつけるように、肌色をテーマに掲げた。大真面目に。
それゆえの、色チューブ2本問題なのである。
「てかさ、他のやつ、みんな自由に描いてるぞ?ロボットとか猫とか、なんか抽象画で“人生”とか言ってるし」
「それは逃げだ。俺は正面から色に挑むんだよ。薄い肌色と肌色の間に広がる、この社会的グラデーションに……!」
「めんどくせぇ色彩哲学だな……」
そんな中、美術室に颯爽と現れたのは、ミツルが片思いしている生徒会長・月野ヒカリだった。
「ミツルくん、卒業制作どう?できた?」
「ヒ、ヒカリさん……!」
ミツルは瞬時に姿勢を正した。まるで“薄い肌色”のパレットが擬人化されたような存在——それが彼にとってのヒカリだった。
「えっと、僕は“肌色問題”をテーマにしててですね、その、社会的に……」
「あっ、肌色ってさ、私も迷ったんだよね〜。去年、美術部で“ピンクベージュ”って呼び直そうって案出したんだけど、先生に『チョコレート色の人はどうする?』って言われて却下されたの」
あっさりと重めの背景を語るヒカリに、ミツルは一瞬、絵筆を落としかけた。
「ピ、ピンクベージュ……!」
「色って、ほんと難しいよね。でもさ、重要なのって“何色を使ったか”じゃなくて、“何を伝えたかったか”なんじゃないかな」
その瞬間、ミツルの中の何かが弾けた。
「……そうか!!」
その夜、彼は描き直した。
キャンバスには、実に七種類の“肌色”を使った人物たちが、円卓を囲んでカレーを食べていた。卓上には“中辛”と書かれた鍋。
タイトルは《肌色カレー会議》。
「お前、もう色どうこうじゃなくて、ただの給食じゃねぇか」
展示初日、カズキが笑った。
だが、展示室では誰かがぽつりと呟いていた。
「……なんか、これがいちばん“人間らしい”かも」
——薄い肌色も、濃い肌色も、スプーンを握るときは等しく、うまいものを食べたいだけ。
そうかもしれない。そうであってほしい。
ミツルは、今後どんな色にも“怖じけずに”塗れる気がした。
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