第125章 太田市:オオタシノカミの願い
──工業と歴史の町、神様の願いの叶え方も、やけに堅実です。
群馬県太田市――広大な工場地帯の片隅に、ぽつんと小さな鳥居が立っている。鉄の匂いと油の匂いが混ざる風の中、そこに静かに鎮座するのが、工業好きの守護神・オオタシノカミである。
今日も工場見学に来た小学生の一団を見下ろしながら、神様は、背筋を正して佇んでいた。
「……金属の溶接は、美しいのう」
神様にとって、工業の工程はほとんど芸術鑑賞だ。
そこへ現れたのは、市内の高校生・優月。おとなしそうな見た目だが、心には小さな野望を抱いている。
「神様……お願いがありまして」
「なんじゃ?」
「……クラスの文化祭出し物、プレゼン担当になったんですけど……人前で話すの、緊張しちゃって……」
「ふむ……プレゼン。よいな。工業製品の品質発表に通じる。堅実な仕事じゃ」
オオタシノカミは顎に手を当て、じっくり考え始めた。
「人前で話すのが苦手……つまり、工程に“試作”が足りぬのじゃ」
「試作……?」
「練習だ。繰り返し作業することで製品は安定する。プレゼンも同じ。練習あるのみ。さあ、始めるぞ」
「今から!?」
神様は鳥居の裏から突然出してきた謎の機械――その名も「神製・堅実プレゼン特訓シミュレーター」。なぜか自転車のペダルが付いている。
「え、これ漕ぐやつ? 漕ぎながら練習するの?」
「うむ! 緊張と運動を同時に行うと、人間の脳は余計な不安を処理できなくなる!」
「合理的なのか無茶なのか……!」
そこへ、軽快で明るい雰囲気の千尋が通りかかった。
「あれ? 優月、ダイエット中?」
「違うわ! プレゼン練習中!」
「神様、面白そうじゃん。私もやりたい!」
「おぉ、参加歓迎! 工業は協力作業が基本じゃ」
こうして千尋も自転車型シミュレーターにまたがった。だが彼女のテーマはまったく違った。
「えーと、“この街の魅力を語る三分間スピーチ”。いきまーす!」
「スタート!」
千尋は漕ぎながら叫んだ。
「太田市は……工場の街です! 溶接がカッコいい! そして焼きそばも美味しい!」
「焼きそば!? 急に?」
「カーボン臭とソースの香りは親和性があるっておじいちゃんが!」
「その理論は初めて聞いたわ!」
神様は大いに満足そうだ。
「実に良い! 予測不能の展開は、むしろ現場のリアル感を増す!」
それを横で聞いていた、ジョークを真に受けがちな舞貴も参加してきた。
「えっ、ほんとに現場でもアドリブ重視なんですか!? じゃあ僕もアドリブで行きます!」
「……舞貴、それは違うぞ」
優月が冷静に止めるが、時すでに遅し。舞貴は漕ぎながら大声で叫んだ。
「太田市は!ネジが偉い!ネジが街を回してる!!」
「ある意味正しい……けど言い方がアホっぽい!」
神様は腕を組んで満足げにうなずいた。
「良いぞ、良いぞ。元気がある。ネジもナットも、噛み合わせが命じゃ!」
「たしかに名言に聞こえてきた!」
こうして、謎の自転車漕ぎプレゼン修行は続いた。
文化祭当日。
優月のプレゼンは、冒頭の緊張こそあったものの、練習通りの冷静さを取り戻した。
「……私たちの暮らしを支える部品は、ひとつひとつ丁寧に作られています。まるでこの太田市の人々の暮らしのように──」
最後の一言を言い終えた瞬間、客席の保護者たちから自然と拍手が湧いた。
終了後、神様の祠の前で優月はそっとお礼を言った。
「神様……堅実に作るって、練習だけじゃなく“支えてくれる人たち”も含めてだったんですね」
「そうじゃ。工業は、決して一人で成り立たぬ。人も、町も、同じことじゃ」
オオタシノカミは今日も誇り高く静かに見守っている。溶接の火花のように、小さな努力の積み重ねが、また一つ、輝いた。
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