第11話 高田馬場駅の駅神様
山手線のホームにアニメソングが鳴り響くと、駅神様の耳がぴくりと反応した。
「ほら始まった! 今日もノリノリでいくよー!」
高田馬場駅を守る駅神様は、やけにテンションの高い青年の姿をしている。髪は寝ぐせで跳ね放題、手にはマイク型の杖。まるでDJか芸人か、どっちなのか自分でも分からない。
彼の仕事は「人の流れを整えること」――のはずなのだが、つい余計な実況やツッコミが混ざってしまうのが難点だった。
「はいはいー! ただいま山手線内回りに飛び込むのはリュック背負った大学生! あーっと、リュックのチャック全開! ノートが飛び出しそう! はい、前のおばちゃんナイスキャッチー!」
大学生が慌ててお辞儀をし、おばちゃんは「気をつけなさいよ」と笑う。駅神様は天井の梁の上で、両手を広げて拍手を送った。
「ブラボー! これぞ高田馬場名物、“人情キャッチボール”!」
そんな調子で実況を続ける駅神様の視界に、今度は改札前で迷子になった新入生が映る。スマホの地図をぐるぐる回しながら、「早稲田大学ってどっちですか……」と声を小さく漏らしている。
「はいきたー! 春の風物詩、迷える新入生ー!」
駅神様は杖をぶんと振った。すると、改札を抜けた先に早大生らしき上級生が偶然通りかかり、声をかける。
「キャンパス? 一緒に行こうか」
迷子の顔がぱっと明るくなる。
「ナイスアシスト! 高田馬場は“先輩と後輩のバトンリレー”でできております!」
昼下がりになると、駅前のロータリーは学生であふれかえる。食堂へ急ぐ者、サークルのビラを配る者、ギターを抱えて歌う者まで。
「はーい注目! ただいまサークル勧誘乱舞中! テニス、バンド、ジャグリング、果ては『高田馬場駅研究会』まで!? いやいや君たち、駅の研究なら僕に聞きなさい!」
駅神様が声を張ると、なぜかビラの束が風に煽られて一枚だけ学生の靴にペタリと張り付いた。拾い上げた学生は「……お、駅研究? 面白そう」と呟き、連絡先を書き込む。
「よっしゃー! 一名確保! 駅神様、地味にサークル活動もサポートしてます!」
夕方、再びホームにアニメソングが流れる。通勤帰りのサラリーマンが思わず口ずさみ、隣の学生も負けじとハモりだした。車内に乗り込んだ二人はなぜか息ぴったり。
「はいはいー! ここで突然の即席デュエット! 山手線発、夢のユニット誕生ー!」
駅神様はテンションが上がりすぎて、梁の上でターンを決めた。が、勢い余ってマイク型の杖を落としかける。慌てて掴んだが、危うく線路に落ちるところだった。
「……ふぅ。危ない危ない。駅神様がホームで物を落としたらシャレにならん!」
最後のラッシュが過ぎ去り、駅は少し静けさを取り戻す。
神様は梁に腰を下ろし、遠くの街灯を眺めながら息をついた。
「高田馬場は今日も元気いっぱいだったなぁ。人の流れはドタバタで、笑いも涙も混ざってる。……でも、まぁ、それがこの街のリズムってやつだ」
そう呟くと、ちょうど遠くからまたアニメソングが流れてくる。駅神様はつい口ずさみ、ひとりでノリノリにエアギターを始めてしまった。
その姿はもちろん人間には見えない。だが不思議なことに、夜の高田馬場駅を出ていく人々の足取りは、どこか軽快なリズムを刻んでいた。
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