第53巻 柏市:カシワノカミの願い
「願いごとってのはね、ゆっくり育てるもんだっぺよ」
柏の大堀川沿いにぽつんと立つベンチの上、ふかふかのクッションと共に鎮座するのは、カシワノカミ――柏市の、育児と緑の守り神である。
丸っこいシルエットに、地味なチェック柄の腹巻。どう見ても近所の優しいおばあちゃん……いや、正確には「年齢不詳の神様」だが、幼稚園帰りの子どもたちからは「かっしーばあ」と呼ばれて親しまれている。
「ばあちゃーん! お菓子くれたら帰るー!」
「まだ砂場で勝手に工事現場ごっこやってるでしょ。ほれ、干し芋あげっから、三分間で工事終わらせてね」
「りょーかいっ!」
子どもたちが猛ダッシュで戻っていくのを眺めながら、神様はほっとお茶をすする。
そこへ一人の青年――優崇が、ヘトヘトになってやってきた。フリーランスで在宅デザイナーをしている彼は、最近どうにもスランプ気味。なんとなく訪れた公園で、噂の“かっしーばあ”を見かけてしまったのだった。
「えーと、あの……願い、って叶えてもらえるんですか?」
「うん、ちょっとだけね。ほんの、芽が出るくらい」
「芽……?」
「花は自分で咲かせるもんだっぺよ。わたしゃ育てるの手伝うだけ」
「なんか育児雑誌みたいなこと言いますね」
「失敬な。育児神様は雑誌の三冊くらい、背負って生きとるの。で、願いはなんだい?」
優崇はしばらく考え、「仕事でいいアイデアが出ますように」と言った。
「ふむふむ。そいじゃあ、これでも読んでみ」
神様が手渡したのは、なんと『こどもずかん・くるまとでんしゃのまき』。
「これ、アイデア関係あります?」
「あるさ。たまには“わからないもの”じゃなくて“わかるもの”を見て、頭を休ませてごらん」
文句を言いたくなる気持ちを抑えつつ、家に持ち帰って読んでみたところ――
「かっこいいパトカー!」「しごとをするきゅうきゅうしゃ!」といった、無邪気すぎるページに、何かがぷつんと切れて大笑いしてしまった。
そしてその夜、仕事机に戻った彼の手は、いつになくスムーズに動いていた。
数日後、公園に現れた優崇は嬉しそうに報告した。
「ばあちゃん、子ども向けアプリの企画、通りました!」
「おやおや、それはめでたい。じゃあ今日は、特製たまご蒸しパン、振る舞いデーね」
「……それ、神様の願い叶えるスキルなんです?」
「いや、うちの近所じゃ“よそんちの子にもパン持たせる”が標準装備なんよ」
そこへ、さっきの子どもたちが走ってくる。
「ばあちゃーん、見て見て! 今日は芋の名前ぜんぶ言えるようになったー!」
「はあ、じゃあ“シルクスイート”って三回早口で言えたら、おかわりあげようねえ」
「ばあちゃん、なんでも干し芋で解決しようとしすぎ」
優崇が呆れつつも微笑むと、神様はちょいと胸を張った。
「願いごとってのはね、腹が満たされて、気が抜けたときにポロッと芽ぇ出るもんなんだっぺよ。だから、今日はそれでいいの」
そして彼は気づいた。
この町には、スーパーヒーローのような神様はいないけれど、ふわっと温かい何かが、ちゃんと息づいている――それはきっと、干し芋と育児の香りがする「願いの土」なのだ。
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