第122章 厚木市:アツギノカミの願い
──願いは癒し系。だが、癒しとは何か? 湯のように熱い討論のはじまり。
神奈川県厚木市のはずれ、温泉街の片隅に、小さな祠がある。湯けむりに包まれて、まるで岩風呂の中にでも埋もれているような、のぼせた見た目をしている。
祀られているのは、「アツギノカミ」。
温泉が好きすぎて、もう祠の屋根に露天風呂を作ってしまった神様だ。湯船のフチに手ぬぐいを乗せ、ぽけーっと空を見上げている。
「……はぁ、いい湯じゃのぅ……今日も何もせず、見守るだけ。平和じゃ……」
だがそこへ、厚木高校の康太とその幼なじみ、結華がドタバタと現れる。
「神様ーッ! お願いです! “うちのクラス、文化祭で揉めませんように”!」
「“委員が過労で倒れませんように”も追加で!」
「んー……のぼせそうじゃ……」
ぬるっと神様が湯から立ち上がった。湯気がもう、神様の一部のようにまとわりついている。
「よいかそなたら……“揉めませんように”という願いは、根本的には“揉める予感がある”ということじゃろ」
「ある!」
「超ある!」
「ならば──揉めるがよい」
「え!? いやいやいや!」
「揉めてこそ、湯の効能が活きるというもの……揉めることで、傷ついた心が、癒されるのじゃ」
「温泉に例えすぎでは!?」
そんな神様の後ろで、のんびりとウグイスが鳴いた。
神様は語る。「湯とは、ただぬるま湯に浸かることにあらず。冷えた心をじわりと戻す……その過程が癒しじゃ」
「なるほど……深いような、回りくどいような……」
結華は腕を組み、康太はポカンとした。
するとそこへ、厚木市の温泉宿でバイトをする唯都と、クラスの面倒見女王・沙妃子がやってくる。
「神様、私たちもお願いします。“温泉まんじゅう、毎日完売しますように”」
「“文化祭の演劇、誰も台詞を噛みませんように”!」
「うむ。ならば──“噛んでもごまかせる技術”を授けよう」
「いやそこごまかさないで……」
神様は、両手でお湯をすくい、パシャリと頭にかけた。
「すべては、ゆっくりほぐすことじゃ。演劇で緊張したら、深呼吸。そして“湯気のポーズ”を思い出すとよい」
「湯気の……?」
神様は、全身から湯気を出しながら、謎のポーズをキメた。
両手をふわーっとあげて、くねくねと揺れる。
「……なにこれ」
「“癒し系舞踏・ゆげ舞”じゃ。緊張も、怒りも、湯気と共に天へ逃すのじゃ」
「ほんとに逃げるかなあ、それ……」
康太たちは、翌日の文化祭で実際にその“ゆげ舞”をやった。
演劇中に、セリフを噛んだ女子が、舞台中央で「ふわ〜」と湯気をイメージしたポーズを取り、笑いが起きた。
「これ、神様案件だよね」
「だな……効果、あるかも」
そして文化祭の夜。温泉宿で後夜祭が開かれた。
みんなの前で、康太が言った。
「揉めたこともあったけど、なんか……ちゃんと、湯になった気がするよ」
「わかる……今なら“揉め”も“癒し”の一部だって、言えるかも」
神様はその様子を、湯けむりの中から見守っていた。
「うむ、よい湯になったな。ちと熱めだが、こうでなくてはの……」
そばでウグイスが、また鳴いた。
──この町の神様は、今日も湯気のように、ふわりと働いている。
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