『顔色、悪すぎ課長』
「……課長、顔、青ざめてますけど」
「いや、大丈夫だ。今朝ちょっと冷蔵庫のプリン落としただけだから」
「それ、深刻ですね」
うちの会社、いや、正確に言うと、うちの課長・志摩は、いつも顔が青い。
ただの“顔色が悪い”というレベルをはるかに超えている。冗談抜きで蛍光灯の光を反射してる。社内ではこっそり「課長ブルー」と呼ばれており、経理の若山さんは「あの色、HTMLでいうと#6BC7F2くらいよね」とCSSで表現しだす始末。
もちろん、本人に自覚はない。というか、指摘するとものすごく頑なに否定する。
「これは俺の“内側の冷静さ”が表に出てるだけだ。サバみたいなもんだ」
「魚類と共鳴する人間、初めて見ました」
本人はいたって真面目なのだが、どんどん伝説が生まれてしまう。
たとえば昨年の健康診断では、血液検査で「ブルー系の色素が検出されました」と医師から告げられた。看護師が爆笑し、再検査となったが、二度目もなぜか青かった。
本人曰く「朝に食べたブルーベリーが……」とのことだが、ブルーベリーの色素が頬に滲むほど体に影響を与えるのはどう考えても異常だ。
そんな志摩課長に、ある日ついに会社から“命令”が下る。
「顔色を、改善してください」
上層部の判断だった。取引先の役員に「御社の社員、大丈夫ですか?ゾンビっぽい方が……」と真顔で聞かれたらしく、ついに動いたのだ。
翌朝、課長は出社してこなかった。
ざわつく社内。
誰かが見たという。「駅の改札で、顔にホッカイロを貼って立ち尽くすスーツ姿の男」を。
心配で電話をかけると、静かな声で答えが返ってきた。
「……今、顔に“赤み”を注入している」
「注入て」
そして数日後、奇跡が起きた。
「おはようございまーす!」
快活な声とともに現れた課長は、なんと、顔がほんのりピンクがかっていた。いや、確かに青ざめてはいない。むしろ“茹でたハム”くらいの血色で、別の意味で驚いたが、本人は満足そうだった。
「見ろ!これが“顔色改革”の成果だ!」
「何をどうやって……?」
「風呂、30分×朝晩2セット。さらに、サウナの“熱波師”に個人契約した」
「仕事と並行して何やってるんですか……」
その日、部内には“赤ら顔の課長”を見に、他部署から見学者が次々と押し寄せた。
──だが、事件はすぐに起きる。
その翌週、テレビの報道で流れた「熱波師によるサウナ違法営業摘発」の中に、課長の姿があったのだ。
もちろん熱波師側だ。
映像では、課長が全力でタオルを振り回し、蒸気を送り込んでいる姿がばっちり映っていた。スーツの上からハチマキを巻いて。
「……課長、副業してたんですか?」
「いや、違う。これは“人助け”だ。青白い人を励まし、赤ら顔にする活動なんだ」
「自己投影すぎません?」
その後、課長は“顔色指導員”として全国の企業で講演を依頼されるようになった。
「あなたの顔色、会社の顔色。」
という名言を残し、志摩課長はついにフリーランスとして旅立っていった。
今では、彼の講演を聞いた若手社員たちの間で「くすんだ顔してないで、志摩れ!」が合言葉になっているらしい。
私たちにはまだわからない。顔色が青いことが、ここまで人を動かすとは。
けれどきっと、課長は最初から青ざめていたんじゃない。
社内の空気が、彼の中に入りすぎていたのだ。
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