鳥になった男
それは月曜の朝のことだった。
「…あれ?なんか、軽い…」
サラリーマンの大垣武(おおがき たけし・38)は、目を覚ました瞬間、自分の体が“異常に軽い”ことに気がついた。
軽い。というか、浮いてる。
そして、腕を見て驚いた。
羽毛だった。
「……あれ?羽……は……羽!?」
天井に頭をぶつけてクルクル回る。どうやら彼は今、ハトになっているらしい。
「ママ!空中でハトが暴れてる!」
通勤中の小学生が叫んだ。
大垣は羽ばたきながら、ビルのガラスに映った自分の姿を確認。
見事な灰色のハト。目だけはやたらと疲れたおっさん。
「なんでだよ……なんで俺が……鳥になっちゃったんだよ……!」
人間に戻ろうとしても、クルックーしか出てこない。
思い出せる限り昨夜のことを振り返ってみた。
・寝る前に「もう人生疲れた。鳥になりたい」とつぶやいた
・その直後、スマホのSiriが「それについてはお答えできません」と謎返答
・なぜか夢で巨大なニワトリに「お前に羽をやろう」と言われた
──原因が多すぎる。
ひとまず、職場に向かうことにした。
ハトの姿で。
電車はムリなので、羽ばたいて20分。初めて空を飛んだが、思ったより息切れした。
「くそ……鳥も楽じゃないな……」
会社の屋上に着地。警備員と目が合う。
「うわっ、またハトだ!最近この辺、妙にサラリーマンっぽいハト多くない?」
「なんだと?!」
叫んでもクルックー。
なんとか窓から会議室を覗く。
いつも通りの朝会が行われている。
「大垣さん、今日はお休みですか?」
「またですか。最近よく体調崩されますよね」
「やっぱり“お疲れミドル”だな〜」
会議室のモニターに映るグラフには《営業部:大垣 担当エリア 売上下降》の文字。
「くそっ、サボってるわけじゃないんだ、俺は……ハトなんだ!」
……説得力皆無である。
昼休み。会社の前の公園にて。
鳩パンをもらっていたおばあちゃんに相談してみる。
「クルックー……(実は私、人間だったんです)」
「まぁ、なんて人懐っこいハトちゃんなの!」
「クルッ……(いや、だから違うって)」
「はいはい、もっと食べなさいね。会社とかどうでもいいのよ。空を飛べるの、素敵じゃない」
……妙に心に刺さる言葉だった。
その夜。
大垣は、ふと立ち寄った川沿いの電線で、他の鳥たちと並んでいた。
みんなスズメやムクドリで、めいめい好き勝手に鳴いている。
「ピチュピチュ!」
「チュン!」
「ギィェェェエ!!」←たまに声がデカいやつがいる
そこに、またひとつ、羽音が舞い降りた。
隣にとまったのは──スーツ姿のハトだった。
「……先輩?」
「おう、大垣か。お前もか」
「先輩まで!?なんでですか!?」
「俺もな、“もう全部投げ出したい。鳥になりたい”って口にしたんだよ。そしたらこのざまだよ」
「やっぱ言霊!?これ言霊のせい!?」
次の日、鳥社員たちは会議を開いた(もちろん声は全部「クルックー」)
「戻る方法、探したか?」
「俺、一回神社で願ったけど“供え物が足りません”って鳩居神社に言われた」
「それうちの近くの公園の神様じゃん」
「もういっそ、鳥として生きていこうぜ。労働時間ゼロ、福利厚生ゼロ、夢も希望もゼロだけど、空は飛べる」
「それ、希望あるのか……?」
「というか、大垣。お前、来週健康診断あるだろ?」
「マジか……ハトの血液って、どこから採るんだろ……」
その夜。
大垣はまた屋上にいた。
風が冷たい。人間のころなら、缶コーヒー片手にため息ついてた場所。
でも今日は、違った。
隣にハト仲間たちがいて、口々に「クルッ」と鳴いている。
なんだか、悪くない。
「……まぁ、明日も飛ぶか。行き先未定だけどな」
大垣は翼を広げて、夜の空へと飛び立った。
そして──その瞬間。
「おい、大垣!お前、昼休み過ぎているぞ!」
「うわっ」
ビックリして目を開けると、デスクの上。
手は人間の形に戻っていた。
「……夢?いや、でもこのデスクの上……パンくずまみれなんだけど」
夢か現実か、いまだに分からない。
でも、大垣は言葉を飲み込んだ。
二度と言わない。
「鳥になりたい」──とは。
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