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第46巻 高知市:コウチノカミの願い

 高知市――坂本龍馬を尊び、酒と鰹にまみれた自由の国。ひろめ市場の喧騒と、桂浜の波の音、そして空にそびえる龍馬像が、今日も堂々とした姿で市民と観光客を見下ろしている。

 そんな高知の片隅、桂浜の裏手にある“誰も気づかない小さな祠”に、ひときわ熱量の高い神様がいた。

 その名も、コウチノカミ
 坂本龍馬に心酔しすぎて、もはや本人のつもりで願いを叶えてしまう神様。願いが届けば即断即決、勢い重視、失敗は気にしない。

 「失敗は成功の母ぜよ!!」が口癖。

 この日も、祠の上で龍馬ポーズ(胸を張り、やや斜めを見つめる)を決めながら、願いを待っていた。

 「そろそろ来るぜよ……熱き願いが……おぉ、キターーー!」

 街中の高校生、直輝の心が、ふとつぶやいた。

 「……やりたいことが多すぎて、全部中途半端……俺、何やっても続かない……」

 コウチノカミの目がギラッと光った。

 「よしきた!それなら全部やったらええがよ!龍馬やったら全部やっとる!!」

 そう叫ぶやいなや、直輝の目の前に突如、謎の勧誘ラッシュが発生。

 「放送部!編集ソフト教えるよ!」
 「空手部!センスある!蹴りが“野性味”あっていい!」
 「よさこい練習来いって!お前の動き、“風”だわ!」
 「演劇部の台本、読み合わせ付き合って!」

 何が起きたかもわからないまま、気づけば直輝は放課後のスケジュールが週7で埋まっていた。

 「うそだろ……俺、月曜空手、火曜よさこい、水曜……これ俺じゃなくて“部活ロボット”じゃね……?」

 その騒動を冷静に見ていたのが裕美。直輝のクラスメイトで、常に状況を整理してから動くタイプ。

 「直輝、あんた今“目的なき情熱”で走り続けてる状態。自分の感情、整理した方がいいよ」

 「いや……気持ち的には全部楽しいんだけど……体が一個しかない!」

 そこへ現れたのが、同級生の隆市。彼はいつでも真正面から突っ込む直進型男子。

 「やるなら全部全力だろ!悩む前に走れ!途中で壁ぶつかるのもアリ!」

 「お前、火に油というより、ガソリンまくタイプ……!」

 さらに現れたのが、学校で“探検部”を勝手に名乗っている枝実子。彼女は興味のあることには全力で食いつく性格。

 「直輝くん、今すっごい“おもろい生き方”してるから、インタビューさせて!“好奇心に生きる男”ってテーマで!」

 「……俺の自由、いったいどこへ……」

 放課後。直輝は、演劇部の舞台袖で台本を片手に体育座りをしていた。体力は削られ、筋肉痛の波が押し寄せ、明日の予定は“よさこい全体練習”と“空手の昇級テスト”のダブルブッキング。

 「俺……このまま“何でも屋”として生きるしかないのか……」

 そんな彼を横目に、枝実子は目をキラキラさせながら取材メモを走らせていた。

 「今日の直輝くん、朝は“自分の存在意義ってなんだろう”って言ってたけど、昼には“筋肉は人生”に変わってたの、すごい転換力だよね!」

 「お願いだから俺の迷走をエンタメにしないで……」

 その様子を遠巻きに見ていた裕美は、飲み物を差し出しながら、ため息まじりにぽつり。

 「それで、結局、どれが一番やってて心が動いたの?」

 「え?」

 「時間とか義務とかスケジュールとかじゃなくてさ。“楽しかった”って思った瞬間、ちゃんとあった?」

 直輝は目を伏せ、少し考えた。放送部でカメラを回したときの高揚感。空手の型がきれいに決まったときの爽快感。よさこいで拍手を受けたあの瞬間。演劇でセリフを口にして、誰かの心を動かした気がしたとき。

 全部あった。けど――

 「……選べないっていうか、“一個に絞ったら、他の全部がもったいない”って気がしちゃうんだよ」

 それを聞いて、裕美はふっと笑った。

 「だったら、どれかに“全部を使う方法”を考えなよ。どれかに決めるんじゃなくて、全部を活かせる形にすればいい」

 そこへ、隆市がどかどかと現れた。

 「直輝!今日の空手、昇級テストは“組手なしでスピーチ!”に変更されたぞ!」

 「は!?それ“空手”じゃなくて“自己表現道場”じゃない!?」

 「そう言ってた。指導員が“心の型が大事”って。たぶん君のせいだ」

 「まさか俺が流派を変えてる……?」

 そのとき、コウチノカミが空からひょいと現れた。祠ごと。

 「ぜよー!」

 「ぎゃああ神様ァァァァ!」

 神様は勝手に地上に降り立つと、龍馬立ちで言った。

 「直輝、そろそろ気づいたろ。やりたいこと全部やるってのは、ぜんぶ“混ぜた土台”からしか生まれん。龍馬は剣の腕も、商いの知識も、交渉術も、ぜんぶ持ってたき!」

 「いや、俺、神様にそこまで求めてないから……!」

 「けど今のお前、全部“やったことある”男じゃろ? それ、めちゃくちゃ強いぜよ?」

 枝実子が手を挙げた。

 「じゃあ、“全部を混ぜるプロジェクト”って、作っちゃえば?」

 裕美もうなずいた。

 「そうだね。動画、舞台、スポーツ、踊り。直輝の持ちネタ全部入れたら、新しい“文化祭の目玉”になるかも」

 直輝は目をぱちくりした。

 「……それ、俺にしかできない気がする……!」

 そのとき、空に虹がかかる。高知の空は青く、風が鰹の匂いを運んでくる。

 コウチノカミは祠に戻りながら、最後にぽつり。

 「やりたいこと、ぜんぶやったらええ。けどな、“それで誰かの背中を押せたら、最高ぜよ”」

 高知の街に、またひとつ、自由な願いが吹き抜けた――。


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