第14話「図書館、出会いは紙の海」
ある日曜日の朝。
「アルキメデスさん、今日は市立図書館に行ってみませんか?」
そう誘ったのは、理科部の吉澤だった。
—
「図書館とは、“書の殿堂”であろう? 興味がある」
「うん。でも静かにしてね? 本を読むところだから」
「静かに……心得た。“知識の神殿”には、沈黙がふさわしい」
—
バスに揺られてたどり着いたのは、地域でそこそこ有名な近代的な建物だった。
自動ドアが開き、冷房の効いた空間に足を踏み入れた瞬間——
アルキメデスの足が、止まった。
—
「……これは……なんという巻物の数……!」
正面にはずらりと並ぶ本棚、階段の先にはさらに上階の資料室。
そして館内を静かに移動する人々の姿。
彼は両腕をわなわなと震わせ、ついに——
「ここは……楽園か……!? 紙の海に抱かれし知の楽園!!」
叫んだ。
—
「しっ!! 静かに!!」
近くの司書が全速力で駆け寄ってきた。
司書の女性は、小声で穏やかに言った。
「お客様、館内ではお静かにお願いしますね」
「……申し訳ない。あまりの感動に、声が漏れてしまった」
深々と頭を下げたアルキメデスに、司書は一瞬戸惑う。
(この子、敬語もちゃんとしてるのに……なぜ裸足にローマ風サンダル……?)
—
吉澤は慣れた手つきでカウンターへ向かい、利用者カードを提示した。
「この人、初めてなんで、カード作ってもらえますか?」
「もちろんです。お名前とご住所、それから……」
「アルキメデス。住所は……地中海沿岸某所だ」
「……ご本人確認書類などは……?」
「ない!」
—
困り顔の司書を見て、吉澤が慌ててフォローする。
「あっ、大丈夫です。こっちで管理してるので!一時的な閲覧利用ってことで!」
「そうですか……では、一緒に閲覧席をご利用くださいね」
—
館内に入ったアルキメデスは、まるで博物館に来たかのように、ひとつひとつの棚に手を添えながら見て回った。
「これほどまでの文字の蓄積……書き写した者、まとめた者、そして保存した者……
わしは彼らに、感謝せねばなるまい」
—
児童書コーナーでは、絵本を開いて数秒で泣きそうになり、
科学書コーナーでは、力学と流体の分野に吸い寄せられ、
歴史コーナーでは、自分の名が載った図鑑のページに固まった。
—
「……我が肖像画……。
わしの……誕生年、没年、功績……。
なぜ……なぜここに……」
—
吉澤が後ろから覗き込み、ポンと肩を叩く。
「ね? アルキメデスさん、現代でもちゃんと、みんな知ってるんだよ。
あなたがやったこと、たくさんの人が、こうして学んでる」
—
アルキメデスは、静かにうなずいた。
そして震える手で、その図鑑のページを閉じた。
—
その日、彼は図書館の貸出カードを受け取った。
プラスチックの小さなカードに名前が刻まれているのを見て、彼はそっとつぶやいた。
「これは……わしが、この時代に“存在した証”なのだな」
—
その夜のノートには、こう記されていた。
《紙と知識》
・知識は巻物よりも、冊子の方が効率的に保存される
・図書館は、“知の避難所”であり、“魂の湯殿”でもある
・人々は、ここで静かに夢を読む
・わしもまた、この海を泳ぎたいと思った
(第14話 完)
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