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第62巻 吹田市:スイタノカミの願い

 吹田市の万博記念公園に、神様がいる。

 ただし、彼はいつも急いでいる。神様なのに。

「時間は有限や!なにモタモタしとんねん!」

 神様の名前はスイタノカミ。スニーカーを履き、関西弁で怒鳴る。神棚よりも自販機の前が似合いそうな神様である。境内はない。拠点は万博公園の中の、太陽の塔の裏にあるコンテナハウスだ。

 ある日、そこへ現れたのが、吹田在住の大学院生・蒼依だった。

「こんにちは。お願いがあって来ました」

「よっしゃ、三十秒で言うてみ。長かったら無効や!」

「えっ、そんな急に……」

「ハイ、三秒経過! もう27秒や! そろそろ『えーと』禁止やぞ!」

 蒼依は慌てた。神様にお願いしに来たのに、タイムアタックとは聞いていない。そもそも論文指導の教授より厳しいカウントダウンに、すでに心拍がマラソン状態だ。

「将来が不安で……やりたいことがまだ決まらなくて……」

「なるほど!つまり“迷いを断ち切って進みたい”ってことやな!? それなら――」

 神様は左手に何やら握りしめ、右手で空をスパッと切る。

「願い、サッと叶えたったで!!」

 風がビュッと吹いて、蒼依の前髪が逆立つ。…それだけだった。

「……え?今の何か意味ありました?」

「お前の“迷い”、今、モノレールに乗せて南茨木まで飛ばしたわ。もう戻ってこん。おめでとう!」

「迷いって、実体あったんですか!?」

 神様はガハハと笑っていた。

「せやけどな、ほんまにスッキリしたいやったら、今日中に『梅田のジュンク堂で就活本3冊立ち読み→551で豚まん→万博記念公園でダッシュ3周』のルート辿ることや」

「どんなスピリチュアルルートですか……!」

 しかし蒼依は、その勢いに妙な説得力を感じた。自称神様の、謎ルート。だが、なんとなく信じてしまいそうになるのが、スイタノカミの一番危険なところだ。

 *

 さて、スイタノカミの願いの叶え方は、常に「サッと、でも短気に」である。

 願いが曖昧なら秒で跳ね返す。

「“幸せになりたい”って何や!具合悪いときの『元気出したい』ぐらい漠然や!“どこで、誰と、何してるときが幸せなんか”、それ言わんと叶えへん!」

 もちろんそれを言ったら叶えてくれるのかというと、さらに面倒で――

「じゃあ、“好きな人とUSJで夜のパレード見たい”です」

「はい!そんなんサッと叶えるには“パレードの場所取り&USJチケット抽選+残業回避スキル+好感度爆上げ”の四拍子揃えなアカン!いけるんか!?」

「今のとこ一個も無理です……」

「じゃあ、また出直してきいや!今度は朝9時半に来てくれたらイライラも減っとるからな!」

 とにかく早く叶えたいし、早く判断したい神様なのだ。

 ちなみに、神様であるにもかかわらず、スイタノカミは時間厳守にうるさい。

「午後3時は願いのゴールデンタイムやけど、3時3分超えたら一気にやる気ゼロや!」

 実際、3時3分に来た主婦が「家族の健康を…」と言いかけた瞬間、

「…あー、今3時4分なった。アカン、やる気消えた。そんなん保険見直しといたらええやろ。次っ!」

 という対応であった。

 ある意味では、最も人間らしい神様かもしれない。

 さて、そんなスイタノカミのもとには、今日も“うっかり願いを言ってしまった者”たちが、次々と現れていた。

「この街で人気者になりたいんです!」と、高校生の翔斗が言えば――

「よっしゃ!明日から“ガンバ大阪のマスコットに激似”って理由で勝手に写真撮られまくる呪いや!」

「それ人気の方向性おかしくないですか!?ていうかマスコットって、俺…人間ですよ?」

「お前、ほっぺぷにっとしてるやん。それでもう“モフ担当”決定や!」

 その日から、翔斗は吹田駅前で見知らぬおばちゃんたちに「キャー!こっち向いて!ぷにっとしてる!触ってええのん?」と取り囲まれるという、奇怪な人気者道を歩むことになる。なお、本人は一週間後に「やっぱり人気いりません」と自ら願いを取り下げに来た。

 スイタノカミは真顔で言った。

「願い取り下げるんも手数料要るけどええか?太陽の塔の模型か、冷凍たこ焼き20個な」

「もう二度と来ません!」

 翔斗はぷにぷに頬を揺らしながら、泣きそうな顔で走り去った。

 *

 ある日、近隣の高齢者がこんなお願いをした。

「歳のせいで記憶が抜け落ちてまう。もう少しシャキッとしたいんじゃが」

 スイタノカミはうなずいた。

「わかったで!サッと対応しよか!脳内に“吹田の歴史年表”全ページ注入したるわ!」

「えええええ!?ワシ、万博の前も戦後の焼け跡も体験してるのに、さらに入れるんかい!?」

「知らんことは知識、知っとることは復習や!」

 この神様の“ちょっとだけ叶える”は、毎回ズレていて、しかもスピードが異常に速い。

 願いが具体的なら即解釈、抽象的なら拡大解釈。

 どっちに転んでも一種の“謎バフ”がついて返ってくるので、住民たちは最近、あえて神様に聞こえないよう願うというテクニックを覚えはじめた。

「うーん、宝くじ当たったらいいな~(小声)」

「おおっと聞こえた!5等300円のスクラッチ3連発で気持ちよくなっときぃ!」

「ちがう、そういう“気持ち”の話じゃない……!」

 スイタノカミは今日も元気に、太陽の塔の裏で願いを斜めに受け止めては、スピード重視で叶えていた。

 時間に追われる現代社会、もしかしたらこの神様の短気さは、人間社会の“せっかちさ”そのものの写し鏡なのかもしれない。

 ――が、その“せっかちさ”がまさか、翌週の運命を動かすとは、まだ誰も知らなかった。


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