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『橋の上には何かがいる(たぶん)』

 深夜0時。とある地方都市にかかる「千鳥橋」。

 ライトに照らされたその橋は、昼とはまったく違う顔をしていた。川面に映る街の灯り。静まり返った空気。だが、その日は違った。

「……おい、なんでこんな時間に集合なんだよ……」

 ぼそっと文句を漏らすのは、大学生・村井。

 そしてその隣には、異様なほど目をギラギラさせた友人・荒木が立っていた。手には手書きのスケッチブック、首からは双眼鏡、腰には虫除けスプレー。

「見たんだってば! 橋の上に、深夜限定で“しゃべる狸”が出るって!」

「お前、それ“夜のテンションでバズった妄想”だろ……?」

「違う! この前、Twitterで三人くらいが“橋の上で『ワシの通行料を払え〜』って声聞いた”って言ってた!」

「少なっ! しかも伝聞!」

 荒木は鼻息荒く語る。

「この橋、昔から“通行料を要求する謎の存在”が出るって地元掲示板に書かれてるんだぞ!『払わないとサンダルだけ奪われる』って!」

「えっ、サンダルだけ!? 逆に器用……」

 半信半疑の村井だったが、妙に風が冷たい気がして少し黙る。

「で、どうすんの? 出るまで待つの?」

「もちろん!」

「……寒いから3時になっても何もなかったら帰るぞ」

 そう約束して、二人は橋のど真ん中に立つ。

 ――そして、午前2時32分。

「…………」

 風がピュウと吹く。川の音が少しだけ大きく聞こえた。そのとき。

「……ワシの……通行料を……」

 低くしゃがれた声が、どこからともなく聞こえてきた。

「……今……聞こえた……?」
 村井の声が震える。

「聞こえたぁぁぁあああ!!!」

 荒木は興奮で鼻から息を漏らしながら、双眼鏡をのぞく。
 その先には、たしかに何か――小さなシルエットが。

「ほら! あれ! 橋の欄干の上! しっぽ生えてる!」

「狸!? ほんとに狸なの!?」

 村井は混乱しながらポケットを探る。

「お金!? 通行料って!?」

「サンダルを守るために、小銭投げろ!」

「え、えええい!」

 チャリン。橋の上に硬貨が転がる。

 すると、小さな影が一歩前に出て、こう言った。

「Suicaで頼む」

「現代的すぎるだろ!」

 突っ込むと同時に、ポケットのSuicaがスッと風に吹かれて落ちた。
 すかさず狸(っぽい何か)がそれを咥えて、欄干の向こうへ逃走。

「おい! おい! Suicaァァァ!!」

「待て狸! 俺の定期が入ってんだ!」

 二人は叫びながら追いかけようとしたが、既に影は橋から消えていた。

 茫然と立ち尽くす二人。

「なぁ……あれって……何だったんだ……?」

「少なくとも……“しゃべる狸”って点では……合ってた……」

 しかし翌日。

 駅の遺失物センターに、Suicaが届いていた。

 「親切な方が拾ってくれましたよ」と駅員は笑う。

 だが、届け出の名前欄にはこう書かれていた。

『チドリ橋の守狸(もりだぬき)より』

 駅員も苦笑い。

「最近、たまにこういう名前で届け物来るんですよね。不思議ですねぇ」

「……すごいぞ村井。これは確実に、“都市型ゆるオカルト”の第一歩だ!」

「いや、“ゆる”というより、ただの迷惑狸なんじゃ……」

 かくして、チドリ橋には今も“Suica対応の狸”が出るという噂がひそかに広がり、
 週末ごとに観察者が増えていった。

 ――だが、通行料はまだ、誰にも“正確に何なのか”わかっていない。


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