🔷株式会社・青ひし形🔷
就職活動で最後に残った一社、それが「株式会社・青ひし形」だった。
業種:不明
従業員数:4名
本社所在地:港区のカラオケビルの屋上
いくら何でも怪しすぎるだろ、と思ったが、ほかに内定もない。内定通知の文面も謎にキマっていた。
《あなたの未来は、もう青いひし形に包まれています。ようこそ、完全なる幾何学へ。》
幾何学って、なに。数学教師の新興宗教ですか。
疑念を胸に、俺は初出社した。
オフィスに入ると、天井から巨大な青いひし形のモビールがぶら下がっていた。
「よく来たな新人! 君の配属先は“ひし形調整部”だ!」
出迎えたのはスーツの上から明らかにラメ加工されたカーディガンを羽織る部長だった。人間としてどうかと思うテンションで握手され、早速席に案内された。俺のデスクには青い定規と、青い三角定規と、青いハンドスピナーが置かれていた。
何するんですか、ここ。
「青ひし形のバランスを保つんだよ」
「……何の?」
「この世の」
唐突に世界の命運を背負わされた。
「ひし形が傾くと、この世界は乱れる。株価が乱高下し、天気予報は逆になる。全人類が“なんか調子悪い”という名の曖昧な不調に見舞われるんだ」
そんな馬鹿な。
と思ったが、オフィスの奥の“幾何学調整室”に案内され、中央にそびえる巨大な青いひし形の結晶体を見てしまった瞬間、口を閉じた。なんか、浮いてる。回ってる。たまに光る。BGMが常に「環境音:神秘」。
「これが“ひし神様”だ。ご機嫌をとり続けるのが我々の仕事。具体的には、ひし形の安定角度を毎日計測して、角度のズレに合わせて全国の『青いもの』を微調整していく」
「青いものって、何ですか」
「制服。コンビニの看板。空。あと、サンマの光り具合。光学的に青ければOKだ」
この会社、全体的にフワッとしている。
初仕事は「信号の青、ちょっとだけターコイズ寄りにしてください」という依頼だった。どこに依頼されてるんだ。
「各地の青信号は我々が監視している。ひし形のバランスが崩れると、緑信号になるんだ」
「え、それ普通じゃ」
「信号は青であるべきなんだ。見た目が緑でも、気持ちは青。人の心が『青だな』って思う色に保たないと、“形”が崩れる。そうすると、ツイッターが荒れる」
なんか知らんけど納得しそうになったのが怖い。
その日の午後は「大相撲の優勝力士の締め込みが水色だったから、ひし神が不機嫌になったのでお詫びにソーダ味のアイスを供える」という謎儀式を執り行った。しかも、3分以内に溶けないことが条件。
「ぬるいアイスを供えると、地震が起きるからな」
「……それ、ソースはありますか」
「体験談だ」
翌日からは研修で、「四角とは何か」「青と紺の境界線」「六角形への嫉妬」など、斜め上の講義が続いた。なぜか社長室には正二十面体の模型が飾られていて、社員は皆「彼(それ)には逆らうな」と呟く。
一週間後、同期のカナコが辞めた。
「私、八角形が好きだから」
とだけ言って。
そして今朝。俺はとうとうやってしまった。
コンビニで、うっかり「青いひし形型クッション」を倒してしまったのだ。レジに向かう途中、軽い気持ちでポフっと。
その瞬間。
空が少し黄ばんだ。
テレビが全局砂嵐になった。
隣にいた部長が、目を見開いて言った。
「やったな……!」
「……すみません、すぐ直します」
「いや。君にしかできない。君が“新しいバランス”を見つけるんだ」
俺は覚悟を決めた。ひし形の中心に立ち、呼吸を整え、青い三角定規を手に取った。
「ひし神様、お願いです。俺の、この感性で、もう一度、世界を……」
次の瞬間、部長の手が俺の肩を掴んだ。
「それ、月曜の朝礼用の儀式だから。やらなくていい」
「……なんで今やらせたんです?」
「面白そうだったから」
ここ、やっぱりおかしい会社だ。
けど、なぜか今日も働いている。俺のデスクには新たに「青いひし形ボタン」が追加された。押すと、「ピコン」と鳴って、なぜか風向きが変わるらしい。
まあいいか。なんか、人生の形も調整されてる気がするから。
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