ヘルメット・オン・ザ・彼氏
「え、今日から建設現場で働くの?」
朝、コーヒーを口に含んだ彼氏の武(たけし)が、壮絶にむせた。
「うん、重機オペレーター補助。3ヶ月契約。現場監督がline友の弟さんなのよ」
そう言ってヘルメットをかぶったのは、私、町田香織(34歳・パート、趣味・根性)である。
「でも、ほら……君、前までパン屋だったし……なんかギャップが……」
「パンを焼く手も、コンクリ打つ手も同じよ。人生に必要なのは“こねる力”!」
武は「お、おう……」と引きつりながら、湯気の立つ味噌汁を啜った。
こうして私の建設人生が始まった。
現場は郊外のマンション建設地。
朝7時、全員がズラリと並び、ヘルメット、軍手、安全靴の完全装備。そこに、私ひとりだけ“主婦の気合い”で参戦である。
「おう、新入りちゃん。腰、曲げんなよ。あと、昼メシにアレ持ってくんな」
「アレって……?」
「ヨーグルトと、キウイ。あれ、昼に見ると気が狂うからな」
──なにその謎ルール。
現場には独特の“建設現場しきたり”があった。
・挨拶は「おはよす!」「おつかれす!」で統一
・朝礼で「ヘルメット点検俳句」を1人一句
・昼はジャンケンで“日陰権”を争奪
初日は筋肉痛、二日目は全身粉まみれ、三日目はクレーンの合図を間違えかけて「命の重み」を全身で学び──
それでも私は、人生で一番「自分が働いてる」感じがした。
そして10日目、事件が起きる。
現場に、彼氏の武が来た。
なんと、たまたま通りかかった近所の郵便局に入る途中で、香織発見。
その日はちょうど、私が「鉄骨を確認しながら図面片手にダッシュ」していた日だった。
「えっ、君……めっちゃ現場仕切ってない?」
「うん、昨日から副班長になったの」
「うわ……かっこいい……」
それ以来、武の様子が変になった。
夜。
「香織、あのさ……このヘルメット、借りてきたんだけど……似合うかな……?」
「なんで?」
「……なんか俺も、何か建てたいっていうか……君に見合う人間でいたいっていうか……」
「いや、郵便局勤務じゃなかった?」
「でもほら、こう……“構造計算”とか響きがカッコよくてさ……」
完全に現場脳に感染していた。
武はそれから一週間で、「建設現場の用語」を覚え始めた。
「香織、今日の基礎どうだった?」
「普通に基礎だったけど」
「うん、ベタ基礎? 布基礎? え、ピットあるの?」
誰かこの男に止水板を持ってきてくれ。
ある日、ついに武が言った。
「俺、香織に“棟上げプロポーズ”したいんだよね」
……は?
「足場に横断幕貼って、『人生建設中♡ 結婚しよう!』みたいな──」
「いやだよ!!!」
しかもその案、既に監督に相談していたらしい。監督が妙にニヤついてた理由が判明。
その後、現場での私のあだ名は「姉御棟梁」となった。
クレーン誘導も、図面読みも、だんだんサマになってきた。
お昼のジャンケンも強くなった。
そして最終日。
解体撤去直前の休憩中、みんなで缶コーヒーを飲みながら、「この現場も、終わりだな」としんみりしていたとき。
「香織ーーーーー!!!」
武が、作業着で登場。
「えっ、なんで!? あんた仕事は!?」
「休んだ! 今日しかないって思って!」
彼は手に花束と、なぜかヘルメットを二つ持っていた。
「香織! このヘルメット、二つある! 一緒に、被ってくれませんか!?」
全員:
「プロポーズ、建設比喩すぎ!!!」
だが私は、思わず笑ってしまった。
ああ、建設って、ちゃんと“人間関係”もつくってたんだなって。
私は、花束の代わりに、武にトンカチを渡した。
「じゃあまずは、家具組み立てからよろしく」
「任せろ! 俺、今、建設魂燃えてるから!」
その夜、私たちはホームセンターで、“新婚家具建設計画”の図面を広げていた。
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