育休戦隊みるくレンジャー
「育休? 取るに決まってるじゃないか!」
そう言って、彼――白鳥悠斗は笑った。満面の、どこか“計画通り”な笑みで。
彼は課長の説得も、部長の睨みも、同僚たちの「マジか」視線もすべて華麗にスルーして、3か月の育児休業を獲得した。
しかし、誰も知らなかった。
彼が「育休」のことを「修行」と呼んでいたことを。
*
育休初日。午前7時。
白鳥は全身タイツに身を包み、鏡の前で気合を入れていた。胸には手作りのエンブレム「MILK魂」。
「みるく・レディネス、スタンバイ……よし、出陣!」
もちろん授乳はできない。でも、哺乳瓶なら握れる。温度管理もできる。むしろ彼は体温計を2本持って測るこだわりっぷり。
「37.5度ジャスト……完璧だ」
そして息子・蒼との1対1のバトルが始まる。
午前8時、寝てるかと思えば急に泣き、抱っこすると暴れ、ミルクをあげようとすれば謎の拒否。そしてその10分後に突然飲みだす。
「おぉ……俺の調乳技術が……通じた……!」
白鳥はガッツポーズ。横で妻が寝ぼけまなこで言う。
「……あなた、実況いらないからね」
*
昼になると彼のテンションは最高潮。
「オムツ交換! ここが父としての華、勝負所だ!」
オムツ替え用のBGMを自作(BPM126)。交換タイムは記録され、ストップウォッチを用いて日々更新。
最初は40秒、次は38秒、ついには32秒を叩き出した。
「オムツの神、俺に宿れっ!」
だが、うんち爆発(通称:ブラウン・テンペスト)に遭遇した日は、妻に泣きついた。
「え、ちょっと何これ……もうこれミステリーでしょ……なに食べたの!? いやミルクだけども!!」
「実況いらないってば」
*
一週間後、近所の“父親サロン”なる集いに出向いた白鳥は、見た。
そこにいたのは、同じように育休を取った“仲間”たちだった。
「おい、そこの新参」
筋肉が妙に発達した男が言う。「俺たちはみるくレンジャー。育休戦士の集まりだ」
「な、なんだって!?」
「君は“ホワイト哺乳瓶”。これから一緒に戦おう」
「戦う……? 何と?」
「夜泣きと」
「ゲップと」
「謎の発疹だ」
そう、彼らは育児界の敵に日夜立ち向かう、パパ育休の戦士たちだった。
赤いスリングを肩にかけた“抱っこレッド”、ほ乳瓶ベルトを装備する“調乳ブルー”、謎の子守唄で敵(=赤子)を眠らせる“ネンネピンク”。
そして、新加入のホワイト哺乳瓶。
白鳥は震えた。「俺、仲間が……できたんだな……!」
*
戦いは苛烈を極めた。
寝返りのタイミングを見逃せば地獄の夜が訪れ、ミルクの温度を1度間違えればギャン泣きが始まる。
それでも彼は戦い続けた。夜明け前、息子を背中にくくりつけてスクワットする姿は、もはや神々しいものがあった。
「父よ、なぜ筋トレを?」
「いや……寝かしつけながら自分も鍛えようと思って……というかこれもう宗教だな……!」
*
そして、育休ラストの朝。
白鳥はスーツに身を包み、鏡の前に立った。
「……みるくレンジャー、ホワイト哺乳瓶。任務、完了」
蒼はミルクを飲みながら微笑んだ(ような気がした)。
妻は一言。
「……あんたは最高のパパ戦隊だったよ。でも会社では普通でいてね」
「え、ミーティングで“オムツタイム測ります!”って言おうと思ってたのに」
「言ったら離婚な」
*
復帰初日、会社の机にそっと置かれていた。
小さな手紙。
《パパ、がんばってね! ミルクの戦士より》
そしてその横には、哺乳瓶型のメモスタンド。
白鳥は目を細め、そっとマグカップを手に取った。
――中身は、もちろんミルク。
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