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富士山、しゃべるってよ。

 とある朝。
 山梨県富士吉田市の町内放送が、異様なテンションで響きわたった。

 「おはようございます。えー、本日、富士山が……しゃべっております。落ち着いて行動してください」

 これを聞いた町民の99.9%が「寝ぼけたか?」と二度寝した。残り0.1%は、寝ぼけながら登山靴を履いた。

 が、本当に——富士山がしゃべっていたのだ。

 「オイ、そこのカップル!五合目でチュッチュすんな。おじさん嫉妬で噴火しそうだぞ!!」

 山のくせに、やけに人間味ある声だった。

 この日から、富士山は毎日喋るようになった。
 内容は主に、観光客への小言・山梨と静岡どっちが本籍か問題・自分を描いた絵が似ていないという不満など。

 ある日、地元テレビ局のレポーターがインタビューを試みた。
 「富士山さん、なんで突然しゃべれるように?」

 富士山は咳払いを一つして言った。
 「いや〜、なんか急にね。地殻変動とか、あと……寂しかった」

 「え?」

 「だってさ、写真撮るだけ撮ってさ、“ありがとう富士山”って誰も言わないじゃん? “いつも見守ってくれてありがとう”とか、そういうの一回でも言ってほしかったよね〜」

 富士山、実はメンタル繊細だった。

 その発言はSNSでバズり、全国から“富士山さんありがとうメッセージ”が殺到。
 ハッシュタグ #富士山感謝祭 がトレンド入り。ポストカード、ぬいぐるみ、地元企業の“富士山さんありがとうクッキー”がバカ売れ。

 だが、本人(山)はちょっと斜に構えていた。

 「いや、急に褒められても、こっち構えるじゃん。なんなのその“神対応”ムーブ。俺、山だぞ? 突然アイドル扱いされてもちょっと困るって」

 中でも騒ぎ立てたのが、「しゃべる富士山は国家資産なのか私有財産なのか」をめぐる論争。国会で本気で審議された。

 ある議員は言った。
 「富士山が喋る以上、これは文化財というより……準アイドル的存在と考えるべきでは」

 別の議員は反論。
 「では、毎年ファンミーティングをやれと?お茶会で千人規模の登山とか?そっちのほうが富士山に失礼です!」

 富士山はとうとう怒った。

 「なに勝手にキャラ付けしてんの!?アイドル?文化財?俺はただの山だっつってんだろ!!」

 翌朝、町の目覚まし代わりにこんな放送が流れた。

 「富士山、だんまりを決めました」

 以後、富士山は完全沈黙。

 観光客は元に戻り、テレビ局も引き上げ、地元民は安心した。が、一人だけ未練がましく、山頂を見つめている男がいた。

 町の定食屋「ふじ乃家」の店主、古澤源三(78)である。

 「わし、富士山と話すのが日課だったんじゃ……富士山に“源ちゃん、味噌カツまた焦がしたろ”って言われるのが生きがいだったんじゃ……」

 源三は山頂に向かって叫んだ。
 「富士山ぁ! しゃべらんでもええ、聞いとってくれるだけでええから! 今日も味噌カツ、ちょっと焦げた!」

 その瞬間、ほんの一瞬、富士山の山頂から……ふわりと湯気が立ちのぼった。

 源三、号泣。

 彼の涙が富士五湖の水位を3ミリ上げたと言われている。

 ——富士山は、それ以来一言もしゃべらなかった。

 だが、地元では今も噂がある。

 「味噌カツの匂いが強い日にだけ、富士山、ちょっと湯気出るらしいよ」

 こうして今日も富士山は、静かに見守っている。
 チュッチュするカップルにも、焦がす味噌カツにも。


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