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毎週土曜、商店街を全力疾走する理由

 ――静岡県浜松市・銀杏通り商店街、土曜午前九時五十八分。
 青果店「いとう果菜」の二十三歳店主、伊藤翔馬は汗だくでスタート位置に立っていた。白い前掛けの胸元には「今日の目玉・三ケ日みかん一袋百五十円」の手書きポップ。両腕には特大キャベツ三玉、肩にはダンベル代わりの大根を一本ずつ担いでいる。

「翔馬くん、今週も行くのね?」
 豆腐屋の看板娘・山下凛々子が声を掛ける。
「行きますよ! タイム更新しないと納品が間に合わないんで!」

 商店街の軒先に並ぶ常連客たちが、毎度のこととスマホのストップウォッチを構える。すり寄って来た柴犬・ぽん太も尻尾を振って観客に混ざった。

 午前十時、時計台がチャイムを鳴らした瞬間、翔馬は号砲代わりの白菜を空へ放り上げ、一気に駆けだした。

 ――なぜ彼は毎週、荷物を抱えて二百メートル先の公民館まで全力疾走するのか。

***
 理由は半年前の「青果寄席」にさかのぼる。
 その日、公民館で落語会が開かれ、商店街組合は「客寄せに新鮮野菜を景品にしよう」と提案。翔馬は張り切って二十箱分を準備したが、手配ミスで軽トラックが来ず、開演五分前に在庫ごと店頭に取り残された。

 困り果てた彼を見かねて、近所の小学生・川合さゆりが言った。
「お兄ちゃん、走れるでしょ? うちの学校の運動会でリレー選手だったよね!」

 ――確かに足だけは速い。
 翔馬は決意し、野菜を抱えて公民館まで二往復。観客は息の上がる姿に爆笑し、落語会は大成功。その日を境に「疾走野菜便」の評判が広まり、週末の公民館利用者は配達を熱望するようになった。

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 さらに追い打ちをかけたのが、商店街の売り上げ統計だ。土曜午前に翔馬が走った日は、通り全体の客足が一・三倍に伸びる。店主たちは口をそろえた。
「名物だから、やめると寂しい」
 かくして翔馬は“土曜の全力疾走”を半ば義務として背負うことになった。

 公民館に到着した翔馬は、玄関ホールのテーブルへ汗だくのままキャベツと大根を並べ、笑顔で叫ぶ。
「お待たせしました! 本日の“落語よりウケる産直ショー”のお時間でーす!」

 拍手と笑いが巻き起こり、受付担当の老人会長・杉浦春江が封筒を差し出した。
「はい、配達料。あと追加で人参五束お願いね。笑うとお腹が減るのよ」

 翔馬が深々と頭を下げると、子どもたちが列を作り始めた。お目当ては“疾走サイン会”――走り終えた翔馬がキャベツにサインペンで描く即席イラストだ。体力勝負の青果店主は、いつの間にか地域のヒーローになっていた。

***
 午後、店へ戻った翔馬は凛々子に冷えた麦茶を差し出される。
「これだけ人気なら、バイク配送に替えて体を労わったら?」
「駄目です。走るからこそ笑ってもらえるんですから」
 翔馬は胸を張る。野菜の鮮度はもちろん大切だが、商店街が元気になる――それこそが彼の走る理由。

 その瞬間、通りのスピーカーから町内放送が流れた。
『明日午前十時、銀杏通りで“第一回 野菜リレーマラソン大会”を開催します。優勝者には一年分のキャベツを贈呈』
 翔馬と凛々子は顔を見合わせ、叫ぶ。
「景品、うちの店!?」

 笑い声が弾ける商店街の空の下、翔馬は次の土曜もダンベル代わりの大根を担ぎ、全力で走る未来を確信した。理由がある限り、彼のダッシュは終わらない――。


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