冷凍マンモス、始めました。
「ちょっと聞いてよ、冷蔵庫からマンモス出てきたのよ」
朝イチで隣人の大槻さんがドアを叩いてきた。私はまだ歯磨き中だったので「ぺーへーふぉ(何ですと)」と返したら、大槻さんは靴のまま上がり込み、リビングのソファに座って話を続けた。
「冷蔵庫の奥からゴトンって音がしてさ、ドア開けたら、冷気と一緒にズボォーンって!」
説明がなんとなく昭和アニメの効果音だが、要は「冷蔵庫からマンモスが現れた」ということらしい。
「いやいやいや、マンモスって。あれ絶滅してますから」
「じゃあコレなに?」
彼女がスマホの画面を見せてくる。映っていたのは――確かに、巨大な毛むくじゃらの象のような生物が、冷蔵庫の前で氷をペロペロ舐めていた。
妙にかわいい。
「名前は?」
「マンモちゃん」
即答だった。たぶん昨日の夜に考えたに違いない。
そんなわけで、うちのアパートの202号室には本当にマンモスが住むようになった。全長3.5メートル。好きな食べ物は冷凍チャーハン。弱点は電子レンジの“チーン”音。驚いてすぐ体当たりしてくる。
大家さんも最初は「また飼育不可の動物を! この前のアヒルもギリだったのに!」と怒っていたが、マンモちゃんに背中をもたれ「モフ……」とされた瞬間、「あっ、これは……許すしか……」と即落ちした。
近所ではじわじわと話題に。
「なんか、あの子どもマンモスって感じで可愛いわよね~」
「いや、全長3メートルです」
「公園の滑り台に乗っててね、滑るってより“滑り台ごと持っていってた”わ」
徐々にマンモちゃんは町のアイドルになっていった。
ところが――ある日、事件が起きた。
「マンモちゃんが……温暖化してる!」
そう、大槻さんの部屋のエアコンが壊れたのだ。
氷を抱えてブルブルしていたマンモちゃんが、うっすらと汗をかき始め、ついには冷蔵庫の上にうずくまって「ピィィ……」と弱々しい鳴き声を上げた。もはや毛皮のモフモフも、しめった雑巾のようにぺしゃんこだ。
「このままじゃマンモちゃんが溶けてしまう!」
誰かが叫んだそのとき、町中の人々が冷気を持ち寄った。
・氷屋の八百屋さんが氷柱を6本持参
・エアコン修理業者が即席で冷風トンネルを作成
・スーパーの冷凍食品売り場の裏に“緊急避難”としてマンモちゃん専用スペースができた
「冷凍チャーハンの棚が、マンモスの寝床になってる……」
冷気で回復したマンモちゃんは、元気に復活。「ブモーッ!」と嬉しそうに鳴いたその声が、スピーカーから町中に響き渡る。なぜか防災無線に繋がっていたらしい。町長が慌てて「これは訓練です」と言い訳していた。
その日の夜、大槻さんが言った。
「ねえ、冷蔵庫って、夢が詰まってると思わない?」
彼女は真剣だった。私はうなずいた。たしかに、あれは“冷蔵庫”じゃなく、“冷凍タイムカプセル”だったのだ。
マンモちゃんは今日も、スーパーの冷凍食品棚で丸くなって眠っている。背中には「本日限り半額」の札が貼られていたが、誰も買ってはいない。
マンモちゃんは、町のものだからだ。
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