『現場は今日も乙女日和』
「よっしゃ、今日もコンクリぶち込んでいくぞーっ!」
朝7時。まだ眠気が残る住宅街に、やけに通る声が響き渡った。
その声の主は――
ヘルメットの中から前髪をなびかせる、建設作業員・佐原ユイ。24歳、身長150cm。見た目はほぼ中学生、でも中身はベテラン親方。
愛読書は『月刊セメントガールズ』、趣味は鉄骨の撫で比べ。
「ユイさん、今日は新築の基礎工事っスよ!」
「了解、さっさと固めて型枠ぶち込もうか!」
誰よりも元気なその声に、現場の誰もがつい敬礼したくなる。
現場監督も思わずメモを取っている。
《今日のユイ語録:ぶち込むは愛》
ユイの特徴は、とにかく口が悪い。
だがそれ以上に、かわいすぎる。
そのギャップが、建設業界のTwitterで一部バズった結果、「現場の天使(ただし口は極道)」として、局地的な人気を誇っている。
本日も見学に来た大学生インターンが、あっという間に洗礼を受けた。
「え、これが……ユイさん……?」
「おう新人、何ぼーっとしてんだ。靴ひも垂れてんぞ? 地獄に落ちたいんか?」
「は、はいッ!!」
(落ちたいんかって何!? でもちょっと好き!)
現場の人間が全員“ユイ推し”になるのは時間の問題である。
* * *
本日の工事は、天候にも恵まれ、順調そのもの。
セメントミキサー車が到着すると、ユイは誰よりも早く飛び乗った。
「運転手さん、いい流量で頼むぜ? ビシャビシャすぎたら、型枠ごとぶっ壊すからな☆」
「は、はいぃっ!」
彼女の「☆」には、まったく輝きがない。
「はい、流して! そこ! 型枠見てるか!? おい、鉄筋倒したやつ、昼メシ抜きだからな!」
「ユイちゃん、それはさすがに……」
「冗談に決まってんだろ。昼メシ抜きは明日にすんだよ!」
「やっぱり本気だこれ!」
監督がこめかみを押さえながら叫んでいた。
現場では午後の休憩時間、「3時の魔物」と呼ばれる時間帯がある。眠気と疲れが一気に襲いかかる時間だ。
そんなとき――
「はいこれ! ユイ特製、型枠型フィナンシェ!」
「なにその形状!?」
「しかもバリ取れてねぇ!」
「甘いし硬い! でもちょっと感動!」
ユイはお菓子づくりが趣味で、休日は鉄板でクッキーを焼いている。型枠は廃材をこっそり使っているため、全員黙って食べる。
そして口の中を出血しながら、なぜか感動して泣く。
* * *
その日のトラブルは、午後4時に起きた。
「ユイさん! 敷地の角、下水配管の位置ズレてます!」
「なにィィィ!?」
図面と現地の実測値にズレがあり、配管の場所が10cmほど奥に。建築で10cmは、パンダが入るくらい致命的である(?)。
「このままじゃ型枠入らねぇぞ……」
誰もが静まりかえる中、ユイはスパナを回しながら言った。
「大丈夫。型枠が入らないなら、配管を口説くまでだろ?」
「……口説く?」
ユイはゆっくりと膝をつき、配管に向かってこう囁いた。
「よぉ、今日もツヤってるじゃねぇか。……でもな、お前、このままだと家の下に埋められて、一生誰にも見られねぇぞ?」
「……」
「だけど少しこっちに寄ってくれたらよ、毎日子どもたちの笑い声、聞けるんだぜ。どうする?」
すると、配管が少し……動いた気がした。
「動いたーーーっ!!」
「気のせいです!! でもなんか泣けた!!」
涙を流しながら、監督がメジャーを握りしめていた。
結果、再測定&修正で無事に型枠は入った。
配管には「ありがとう」の札がぶら下げられた。誰が書いたのかは不明。
* * *
夕方、現場の片づけも終え、ユイはトラックの荷台で夕日を見ていた。
「ふぅー、今日も良い汗かいた……コンクリのにおい、たまんねぇな……」
「ユイさん……お疲れさまでした!」
「おう。あんた、明日も来るのか?」
「はい!」
「じゃあ明日は、梁を担いでもらうぜ。体力つけとけよ」
「はいっ、がんばります!」
(俺、もう就職とかどうでもいいかもしれない……)
若者は完全に沼にハマっていた。
その背後で、監督が空を見上げながらつぶやいた。
「……やっぱあの子がいると、現場が明るいよなあ」
「うん。光の女親方って呼ばれてるらしいですよ」
「悪口に聞こえないのがすごいな」
現場は今日も無事に終わる。
夕焼けの空の下で、コンクリの香りに包まれながら、ユイはつぶやいた。
「明日は……型枠にリボンでもつけてやるか……」
その手には、新しく買ったピンクの工具箱。
かわいさと強さを、型枠にぶち込んで――明日も現場は、乙女日和。
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