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録音録画ボタン押しちゃいました

「押しちゃったのか……本当に?」

「はい……押しちゃいました……間違えて……」

 神妙な面持ちで報告するのは、町の文化センターで働く非常勤職員・宮原健(34歳)。
 本来、文化センターのAV機材は「要許可・要講習・要ドキドキ」で運用される超機密物件。

 その“録音録画ボタン”を、よりによって――

「エア書道教室」のリハーサル中に押したのだ。

 そもそも「エア書道」とは何か。

 簡単に言えば、筆を持たずに空中で“書くふり”をする。
 つまり、誰も何も書いていない。

 でもそこに、なぜか講評がある。
 先生は言う。

「はい、“無”を書いた人は前に」

 無って何だよ。いや、それすらもエアだ。

 録音録画ボタンが押されたのは、そんな「エア書道」の練習中だった。

 先生の怒声が響く。

「これは“静寂の中に漂う狂気”です!もっと筆圧を弱めなさい!」

 受講者の女性(推定67)が涙ながらに叫ぶ。

「私の“虚無”は、そんなに浅いですか!?」

 さらに男性受講者(72)が叫ぶ。

「“永遠”を書いた俺に、もう少し敬意を!」

 そして、事件は起きた。

 リハーサル終盤――
 先生が放った一言が、しっかりと記録されていた。

「こんなエアい教室に参加してる人間は、エアい人生送ってる奴ばっかよ!!」

 録音されてた。
 しかも、録画までされていた。

 しかもしかも――
 センターの公式YouTubeチャンネルに、自動アップロードされていた。

 コメント欄、大炎上。

「エアの限界を見た」
「これが“無”の深みか……」
「72歳の“永遠”、確かに震えた」
「なぜか泣いた。何も映ってないのに」

 最初は炎上だった。だが次第に――

「これって現代アートでは?」
「“空白”の映像に音声だけって、逆に革新的」
「人生、全部“エア”だったと気づかされた」

 芸術は爆発しない、むしろ無音で静かに拡散した。

 センター館長が青ざめてやってくる。

「これ……どう責任とるんだ宮原くん……」

「……すみません。でも今、チャンネル登録者が1万人超えました」

「は?」

「しかも、“エアピアノ教室”の希望者が殺到しています」

「えっ?」

「“無で笑う講座”と“見えないヨガ”も追加されました」

「なんで!?」

 こうして文化センターは、全国初の“録音ミスによる現代アートの殿堂”となった。

 先生は相変わらず言っている。

「君の“空気”は今日も濃いね。明日もエアでがんばろう」

 YouTubeの最新コメントにはこうあった。

「無から始まる何かって、案外アリなのかも」

 なお、宮原は「録音録画ボタン担当マネージャー」という謎の肩書きで昇進した。

 でも本人は言う。

「俺の人生自体が……ずっと録画されてる気がしてます」

 その目は遠く、何かを“見えないカメラ”で見つめていた。


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