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『すべてOK男』

 僕の職場には、「OKしか言わない男」がいる。

 名は小暮。年齢35歳、部署内での役職は主任、しかし実態は「無言の承認マシーン」。

 何を聞いても、「OK」。

「小暮さん、この企画書、目を通してもらえますか?」

「……OK」

「このコーヒー、熱湯で作ってしまったんですが大丈夫ですか?」

「……OK」

「明日の会議、午前3時からって聞いてますけど?」

「……OK」

 怖い。たまに怖い。

 そんな小暮が初めて僕の前に現れたのは、入社して3日目の昼休みだった。

「カレー、食べる?」

「OK」

 僕が返事をする間もなく、目の前にカレーライスが2皿置かれていた。

「え、あ、ありがとう……?」

「OK」

 人の“ありがとう”にも“OK”で返す男。どういう人生を歩んできたら、ここまでOKだけで生きていけるのか。

 さらに小暮の“OK力”は職場だけに留まらない。

 ある日、会社のビルが点検で停電した。真っ暗のなか、慌てる社員たち。

 そのなかで彼だけが、非常灯の下で「OK」のジェスチャーをしながらコーヒーを淹れていた。

「いや、そこはせめて“懐中電灯”使って……」

「OK」

 まさかの返し。やばい、説得力ある。

 彼の名言は、社内スローガンにもなった。

「“OK”って言ってりゃ、なんとかなる」

 とんでもない哲学だ。だが不思議なことに、実際なんとかなってしまう。

 プレゼン資料がギリギリ完成しなかったときも、小暮が「OK」と言ってスライドショーを開始した瞬間、プロジェクターが爆発的に明るくなり、なぜか拍手喝采。

 コンビニで棚が倒れても、小暮が近くにいて「OK」と言うと、店員がなぜか感謝していた。

 一度、彼に質問したことがある。

「小暮さん、“OK”だけで、なんでそんなに人生まわるんですか?」

「……OK」

 いや、そこは説明して。

 と思っていたら、彼はそっと手帳を差し出した。

《OK大全》

 分厚い。重い。カバーが革製。ページ数は893。

 中には、過去の“OK”の記録がこと細かに綴られていた。

「2011年9月12日:社内の空気が悪かったため、“OK”で空調温度を微調整。成功」

「2015年4月3日:会議で社長が怒った瞬間、“OK”で場を和ませる。周囲拍手」

「2019年12月24日:彼女から別れ話。“OK”で別れ、次週プロポーズ。復縁成功」

 いやもうそれ、別の意味で伝説やろ。

 そして極めつけは去年の12月。

 社内で不祥事が発覚。マスコミが押し寄せた。

 記者「この件について、どう責任を取るおつもりですか?」

 小暮「……OK」

 結果、なぜか翌日の見出しはこうなっていた。

《責任“OK対応” 業界内で話題に》

 もう意味がわからない。

「小暮さん、それ全部OKでどうにかしてるんですか?」

「OK」

 ついに、彼は会社の新しい広報大使に就任した。

 その名も「Mr.OK(ミスターオーケー)」。

 撮影ポーズはもちろん、片手をグッとあげての“OKサイン”。

 その写真がビルの前にどーんと貼られ、朝の通勤者が何度も立ち止まっては、なぜか背筋を伸ばしていく。

 今では、近所の保育園でも人気だ。

「おっけーおじさん、今日も元気?」

「OK」

 犬にもOK。鳩にもOK。たまに街路樹にもOK。

 この男、いったい何と対話しているんだろう。

 だが今日、驚くべきことが起きた。

 社内に響き渡る、彼の別の言葉。

「んー……ちょっと難しいね」

 瞬間、世界が止まった。

 え、今、否定した?小暮が?

 みんなフリーズ。時計の針すら止まったかに思えた。

 しかし小暮は、すぐに表情を緩め、こう続けた。

「……でも、OK」

 みんな拍手。なぜか泣き出す後輩もいた。

 何が起きても、OK。何を失っても、OK。

 不安な時代に、たしかな“OKの指針”をくれる男がいる。

 そして今日も彼は、静かに片手を掲げ、親指と人差し指で輪をつくる。

「OK」

 世界は、それだけで少しだけ平和になった気がした。


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