そのクレーム、私じゃなくて机に言って
「佐野さんさぁ……この報告書の角、尖ってるよね?」
「えっ? ……角?」
「ほら、右上のココ。めくるとき痛いじゃん。気遣いが足りないよね」
朝10時。オフィスの中央で、私は上司の坂井に、「報告書の角」について叱られていた。
新卒入社して二ヶ月。そろそろ仕事にも慣れたと思った頃に、こういう角度から飛んでくるダメ出しが、一番効く。
「……す、すみません。次から、丸めます……」
「いやさ、丸めろって言ってるんじゃなくて、“気持ち”の問題。わかる?」
「はい……わかりません」
「そこがダメなんだよね〜佐野さんは〜」
もういっそ、角を全方向から削って円にしてやろうかと思ったそのとき、となりの席の隅木先輩が、ぽつりと言った。
「坂井さん、昔、書類の角で指切ったことがトラウマなんですよ」
「ああ……なるほど」
「ちなみに僕は、“資料の中の数字が全部偶数で気持ち悪い”って怒られました」
「感性がアート寄りなんですかね……」
ひそひそ話してる間も、坂井の説教は続く。
「それにさ、このファイル、持ちにくいんだよ。ちょっと紙が厚いよね?」
「……社内で使ってるテンプレの厚紙ですが……」
「ほら、そこ! “仕様だから”って言い訳しちゃダメ! そういうのが、仕事の幅を狭めるっていうか〜」
坂井は、部内の雑務には一切手を出さないが、「言葉の角」に関しては非常に敏感だった。
「ほら、“それは違うと思います”って言葉も、言い方次第では刺さるよね? 佐野さん、昨日、そんな言い方してたよ」
「えっ……してたかな……」
「もうね、言葉は刃物。使い方次第で、人も切れるし、自分も切れる」
「えっ、うまいこと言った風のやつきた」
心の声がつい漏れそうになるのをこらえていたら、ガタッと誰かが立ち上がった。
――事務職のパート、秋吉さんだった。
「坂井さん、さっきから聞いてましたけど……」
「え、えっ?」
「書類の角が尖ってるとか、言葉が刃物とか、なんか“言われた方の心”考えてないですよね?」
「いや、それは……ね?」
「あと佐野さん、毎朝ちゃんとゴミ出してくれてるし、ファイルも在庫足りないときに調整してるし、ぶっちゃけ一番気が利いてますよ」
ピシッと刺さったその言葉に、坂井は一瞬だけフリーズした。
「ほ、ほら、だから! 言葉って、怖いよね〜〜」
「今のは言葉じゃなくて、事実です」
「うぅ……」
しゅるん、と席に戻る坂井を見て、私は少しだけファイルの角を触ってみた。
「……そんなに尖ってないよね、これ」
「佐野さん」
「はい」
隣の隅木先輩が、そっと囁く。
「明日から、“まるく角を切るパンチ”買っておくと、坂井さん黙ると思います」
「それはもう、対応じゃなくて、武器では……?」
「社会人、だいたい防具と武器で生きてるんで」
私たちは、その場で笑ってしまった。
報告書の角は、尖っててもいい。でも、言葉の丸みと、誰かが見てくれてる安心感。
たぶんそれが、今日の私に一番効いた。
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