手を挙げる男、ただし毎回ちょっとズレてる
「はいっ!」
彼の名前は、野添拓海。29歳、独身。
職業:地方自治体の“なんでも係”職員。
何かといえば手を挙げる。とにかくすぐ挙げる。
部署の朝会で、「誰か書類整理お願いできますか?」
「はいっ!」(実はあまりやりたくない)
防災訓練で、「消火器使ったことある人〜?」
「はいっ!」(テレビで見た程度)
地域イベントで、「今年の盆踊り、踊れる方〜?」
「はいっ!」(小学校のころから一応練習してる)
そう。彼は「挙げたい症候群」だった。
そんなある日、市役所に「謎の小規模案件」がやってきた。
「誰か、町内の“ふわふわトラブル相談窓口”を臨時で担当できる人は?」
ふわふわトラブルとは?
・猫がご近所の洗濯物に入り込んでくる
・ヨーグルトの蓋が開きづらいと怒鳴り込む老人
・カモメがゴミの日を覚えた、など
「はいっ!!」
野添の右手が、風を切った。
上司が言った。「……わかった、君に任せよう」
こうして設置された“ふわトラ窓口”は、午前10時から開始。
来たのは――
「隣の家の風鈴の音が、やけに“哲学的”なんです」
「猫が通るたびにWi-Fiが不安定になります」
「うちの庭でスイカが自生してます、なんか怖い」
この町、案外すごい。
野添は、真剣に対応した。
スイカの件には「成長中の植物と会話してみては?」と提案。
猫のWi-Fi妨害には「金網と祈りで対応しましょう」と指導。
哲学風鈴には「むしろ一緒に哲学しませんか?」と勧誘。
午後3時には相談者の方が頭を抱えた。
「逆に悩みが増えました……」
だが、野添は言う。
「それもまた、“ふわトラ”です!」
その日の夕方、上司がそっと訪れた。
「……なぁ野添」
「はいっ!」
「……挙げないで。今日は普通に聞いてほしい」
「すみませんっ、癖で……」
「この窓口、好評すぎて延長になった」
「はいっ……いや、えっ?」
「あとテレビ局が取材に来るって」
次の日。カメラの前に立つ野添。
アナウンサーが尋ねる。
「この仕事のやりがいは?」
「はいっ! えっと……“自分でも何をしているのかわからない瞬間”が一番やりがいを感じます!」
「は、はぁ……」
後日、“ふわトラ窓口”は全国的に話題に。
なぜか北海道と沖縄に支部ができ、野添は全国会議に呼ばれる。
会議冒頭、司会が聞く。
「発言ある方は、どうぞ手を挙げてください」
「はいっっっ!!」
迷いなき右手が、空を切る。
そのとき全国の“ちょっと困ってる”人々が、ほんの少しだけ救われた気がした――
……かもしれない。
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