警告マニア・山崎の悲劇
町内で一番“注意書き”が多い家をご存じだろうか。
それは断トツで、山崎善次郎・五十二歳の自宅だ。
門には「⚠️インターホンの連打は死を招く」、郵便受けには「⚠️チラシの神、激怒す」、玄関マットには「⚠️踏むな危険(滑る)」。
注意書きという注意書きを全方位に掲げ、彼の家はまるでひとつの小さな“警告テーマパーク”と化していた。
通りすがりの小学生たちは、よくビンゴゲームをしていた。
「“無断立ち入り、消し炭にする”ゲットー!」
「“警告:この木はカブトムシが出ません”もあった!」
もはや警告というよりは、標語芸術である。
*
山崎がここまで警告にこだわる理由は、小学生時代のトラウマにあった。
「“使用後は元に戻せ”って貼ってあったじゃないか!」
図書室の椅子を戻さなかったばかりに先生に怒られたその日から、彼の人生は“注意される前に注意する”方針へと舵を切ったのだった。
以来、メモ帳に貼り紙、赤テープにラミネート。山崎は全力で警告と生きる道を選んだ。
会社のデスクには「⚠️このホチキス、いま眠ってる」、冷蔵庫には「⚠️ハンバーグさんは怒っている」、奥さんには「⚠️口答え厳禁」の名札を自ら手作りして怒られた。
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しかし、そんな彼にも転機が訪れた。
ある日、彼の家にやって来たのは、区役所の職員・早乙女奈央だった。
「町内景観ガイドライン違反です」
「なっ……!?」
「“⚠️うっかり開けたら爆発します”という表札が、近隣に過度の緊張を与えているとの通報がありまして」
山崎は反論した。
「爆発は比喩です!社会的な意味での!」
「比喩でもダメです」
その瞬間、彼の頭の中で『⚠️人生、曲がり角』のプレートが落ちる音がした。
*
結局、町内美化週間の一環として、「貼り紙削減月間」が始まり、山崎はその象徴として全注意書きの撤去を命じられることになった。
「私の……ライフワークが……!」
取り外された「⚠️階段に注意」や「⚠️壁に注意」や「⚠️この注意に注意」などのプレートたちは、ゴミ袋に詰められ、まるで遺影のように彼の前に並べられた。
「さようなら、忠告たち……」
*
貼り紙のない生活。それは、山崎にとって裸で外を歩くようなものだった。
道を歩けば誰かにぶつかる気がする。カップラーメンに「熱湯注意」が書いていない気がして沸騰すら怖い。
山崎はそっと、冷蔵庫に小さな紙を貼った。
「⚠️今は静かに泣いている」
誰にも見られぬよう、そっと。
*
だが、悲劇は起きた。
町内で開催された「焼きそば早食い大会」にて、鉄板のそばが予想以上に熱く、ひとりの子どもが軽いやけどを負ったのだ。
「誰だ、“⚠️熱々”って貼らなかったのは!」
町内会の視線が、山崎に集まる。
「なぜあんたがここに注意書きを出さなかった!」
「貼らせてくれなかったのは、そちらでは……」
「なぜ黙っていた!」
「言ったら怒られる空気だったんです!」
“警告を封じられた男”は、社会の隙間で燻っていた。
*
結局、町内は和解し、山崎には“公式貼り紙担当”という新しい役職が与えられた。
いま、町内掲示板には、彼が作った色とりどりの注意喚起が並ぶ。
「⚠️焼きそば注意(鉄板燃えがち)」
「⚠️たこ焼き注意(油は裏切る)」
「⚠️子ども注意(急に成長する)」
そして町内会長が満面の笑みで言った。
「うちの町は……全国一安全かもしれんな!」
山崎は、胸ポケットのメモ帳をなでた。
――“警告とは、愛である”。
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