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『ストライク男の恋、もしくは倒れぬピン』

 午後六時。都内某所のボウリング場「ピンポコドーム」では、地味な戦いが繰り広げられていた。

「……今日こそは……この俺の……ストライクで……彼女の心を……倒すッ!」

 カッと目を見開くのは、年齢三十五、職業・町役場の事務員、名前は牛島勇作。

 別にプロでも何でもないが、週に五回は投げに来ている。
 その理由は一つ。

 カウンターの店員、遠藤ミサさん。黒髪ショートの理知的な美女。
 笑顔を見たくて、通い始めて一年半。牛島はまだ名前もまともに話しかけられていない。

 ――が、今日こそは決める。

「カウンターの彼女が、こっちを見る一瞬のタイミングを見て……投げる! 完璧な回転でストライク! そして、さわやかにウインク!」

 ピッ。

 スコア表のタッチパネルを押すと、「名前:ストライク男」と登録されていた。

 すでにちょっと恥ずかしいが、ここからが本番だ。

 球を持つ手に汗がにじむ。
 背筋を正し、助走。右足をクロス、左足でキュッと止まり――

「うおりゃああああああぁぁっ!!」

 ズシャッ。

 ガターだった。

 球はまっすぐどころか、途中でふらふらと曲がり、左の溝へ吸い込まれていった。

 しかし牛島は負けなかった。

「……ふ、まだ1投目だ……恋と人生、最初のガターくらいではくじけん!」

 そして、二投目。

「これが俺の、リカバリーラブッ!!」

 今度は右ガターだった。

 ――二投連続ガター。

「くそっ……これは……恋愛における“二回目のLINE返信スルー”に匹敵する……!」

 が、その瞬間、事件は起きた。

「ぎゃーっ!」

 隣のレーンで、若者グループの一人が足を滑らせ、投球と同時に前転、ボールより早くレーンに滑り込んでいった。

「や、やべ、太田がピンになった……!」

「太田起きて! ピンにならないで!」

 大騒ぎする若者たち。

 場内がざわつく中、カウンターから女性が走ってくる。

「大丈夫ですか!?」

 遠藤ミサだ。

 その姿を見て、牛島は思った。

 ――これは……チャンスだッ!

 彼はボールを抱え、つかつかと太田の前に立つと、こう言った。

「君が……ピンになるなら……俺がストライクを出してみせる!」

 そして投げた。

 まさかのスプリット(7-10)が残った。

 ――が、ここで太田が叫ぶ。

「すげぇ! なんかキレイに二本だけ残ってるッ! まるで俺の奥歯みたいだ!」

「うるせぇ! ピンから戻れ!」

 遠藤ミサは、牛島にタオルを差し出しながら言った。

「……すごいですね。さっきの投球、フォームがダイナミックで」

「そ、そうですか?」

「最初に“おりゃあああ”って叫んだの、印象的でした」

「あ、それは……はい、情熱です。ピンに対する、愛情です」

「ふふっ……」

 牛島、心臓バクバク。

 しかしこの瞬間、恋が――

「……じゃあ、警備員さん呼びますね!」

「……えっ」

「さっきレーンに入ってましたよね? 危険行為なんで……。あの、たぶん出禁です……」

 ――ガターどころか、ボウリング人生が終了しそうだった。

 だが、後日。

 彼の家のポストには、ある封筒が届いていた。

〈ピンポコドーム特別会員登録のお知らせ〉
“あなたの投球に心を打たれたスタッフからの推薦で、当店の『伝説の失投クラブ』にご招待します”

 添えられたメッセージカードには、遠藤ミサのサインが。

「うそだろ……俺、入会していいのか……?」

 涙ぐむ牛島の胸に、新たな恋のピンが立った――ような気がした。


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