衛兵アキラ、門前の攻防
「門、開けません」
その日、王都リグロアの東門では、異例の通行止めが発生していた。
原因は一人の若き衛兵、アキラ。
「だから通してくれって言ってるだろうがあああっ!」
門の前でわめいているのは、商人のバルド。馬車の荷台には、巨大なチーズの樽が三つ積まれている。
「アキラ!俺の顔、見覚えあるだろ!?こないだだって通ったじゃねえか!」
「酒屋でよく潰れている人ですよね」
「お前、人の話を聞けぇぇ!」
アキラは目を細め、どこか厳かに言った。
「本日は“王都納豆禁止法”が発令されましたので、チーズも一時的に同類として扱わせていただきます」
「えっ、なにその法!?いつできたの!?」
「三分前です」
「お前の脳内でだろうが!」
実はこのアキラ、衛兵としての正義感は強いのだが、それを活かす方向を完全に間違っている。
「私はね、門というものの尊厳を守りたいのです」
「……急に哲学?」
「門は、選ぶものです。開くに値する者を。たとえば、昨日来た“王宮御用達シェフ”は、開いた瞬間、バラの香りがしました。あれは開くべき門でした」
「チーズにバラの香りをつけろというのか?」
「却下です、強引です、腐敗臭混じってました」
通行人たちは集まりだし、「あれって噂の“門前問答アキラ”じゃない?」「一回言い負かしてみたい〜」と、ちょっとした観光名所のようになってきている。
そんな中、ひときわ凛とした女性の声が響く。
「衛兵アキラ。通していただけませんか?」
振り返ると、そこには全身甲冑に身を包んだ女騎士が立っていた。彼女は王都でも名の知れた、ヴィオラ騎士団副団長・セリナ。
「通行理由をお伺いしても?」
「緊急です。西門にて暴れ牛の群れが発生。東門から回って応援に向かうよう命令を受けました」
「……牛、ですか」
「ええ、暴れ牛です」
「何頭です?」
「七十八頭」
「多いな!!」
アキラはしばし沈黙し、門を振り返った。そして堂々と告げた。
「却下です」
「は?」
「牛に襲われる危険があるなら、東門はなおさら開けられません。危機管理の基本です」
「お前、言ってることが完全に自己完結してるぞ!?」
セリナは手綱を引き、声を低くした。
「……ならば、武力で突破するまでです」
「それもまた門としては本望。おいでなさいませ、騎士殿」
「お前、詩人かよ!!!」
ドォォォン!
なぜか門の裏から大砲の音がした。誰だ、そんな兵器用意したのは。
結局、東門前は臨時評議会が開かれ、アキラの“門ポリシー”は一時棚上げされることになった。
が、アキラはめげない。
「門は語る。開け、閉じよ、と。私はその声を聞く係なんです」
「その声、たぶん幻聴だよね……」
**
翌日。
今度はパン職人が訪れ、焼きたてバゲットを担いで門の前に立っていた。
「これ、王都で一番人気のパンです!朝食にぴったりですよ!」
「小麦は門の敵です」
「敵多すぎるだろ!」
そんな調子で、今日もアキラは門の前で問答を繰り返す。
門は今日も、半分だけ開いたまま。
**
一ヶ月後。
アキラはその独自の問答スタイルが宮廷詩人に取り上げられ、「門前哲学集・開くべきは心の扉」として出版され、まさかのベストセラーに。
王都の門は、なぜか心の健康診断所になった。
――だが、肝心の門そのものは、今日も誰も通れない。
「門よ。今日も正義と混沌を、ここで選別しよう」
衛兵アキラ、門前に立つ。
全ての門を、詩と勘と幻聴で守るために――。
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