理想のカップル養成ギプス
「もう一度だけ言うわよ、信じるか信じないかはあなた次第。これは“理想のカップル”になれるギプスよ!」
突然そう言ってきたのは、彼女の美香だった。
交際5年目。情熱の火はすっかりトースターの保温機能程度になり、最近は会話もLINEのスタンプで済んでいる。そんな中、彼女が急に手渡してきたのがこの謎のギプスだった。
「なあ、これ、ただの運動用サポーターじゃないのか?」
「違うわ。説明書にちゃんと書いてあるでしょ。二人で同時に装着して72時間、恋人らしい行動をとると、“魂の共鳴”が起きるの」
「共鳴したらどうなるの?」
「……Bluetooth接続されるらしいわ」
意味がわからなかったが、すでに美香は両足と両手にそのギプスを装着していた。
「はい、あなたも早くつけて!共鳴時間、測るから!」
もう、逆らえない。うっかり付き合って5年が経ったが、毎回この勢いで何かが始まる。
第1日目――午前9時。
「まずはおそろいのコーディネートよ!」
無理だった。
美香が用意したのは、ペアルックのジャージ上下。「恋人って言ったら運動会でしょ!」という意味不明なロジックにより、二人は朝から公園でラジオ体操をする羽目になった。
ギプスは“恋人らしい行動”に反応して光る仕様らしい。
だが今のところ反応ゼロ。むしろ、歩行を邪魔する。
後ろから近所の子どもに「あの人たち、膝に機械ついてるロボットだよ!」と指さされていた。
「ねぇ、今の“共鳴”だったんじゃない?」
「それ、羞恥心が共鳴してただけだと思う」
第2日目――夜。
「今夜は、“恋人らしく”お互いの好きなところを30個ずつ言い合うの!」
美香は言った。目がギラついていた。
「好きなところ……えーと……顔?」
「顔は具体的にどこ?」
「えーと……左右対称な感じ……?」
「却下。私いくわね!一つ目、“寝言が面白い”。二つ目、“電車の中で知らない人に笑いかけられる人徳”。三つ目、“猫を見たときに必ず“うぉっ!”って言う瞬間がアホ可愛い”」
止まらなかった。30どころか72個出てきた。
その間、ギプスは……チカッ……チカッ……と、わずかに光った。
「今の……共鳴か?」
「ええ、たぶん。でもそのあと、バッテリー切れの音したわよ」
第3日目――ラスト24時間。
「ねえ、最後に一番恋人っぽいことしようよ」
「何それ、手をつなぐとか?」
「違うわ、“喧嘩”よ!」
美香が叫んだ。
曰く、「恋人は喧嘩してこそ本物。口げんかの中にこそ、感情の交差点がある」のだそうだ。
「は?じゃあ、喧嘩するフリでもいいの?」
「ダメ、本気じゃないと共鳴しないらしいわ」
ということで、我々は喫茶店の片隅で“わざと”喧嘩を始めた。
なぜかテーマは「エビフライにタルタルソースをかけるか否か」。
「どう考えてもタルタルだろ!」
「違うわよ!レモンでじゅっとするのが正解なの!」
途中からなぜか、隣の席の老夫婦まで巻き込まれた。
「昔はね、ソースだったのよ」
「何言ってんだアンタ、味噌だよ味噌!」
ギプス、光り始めた。
ピピピ……ピピピ……ブゥウウウン……
共鳴、開始。
突然、ギプスから音声ガイダンスが流れた。
《おめでとうございます。共鳴値89%を記録しました。
あなたたちは“ほぼ理想的なカップル”です》
「ほぼ!?なにが足りなかったの!?」
「そりゃあ……キスとか……じゃねえか?」
《それは個人の自由です。参考までに、手紙やラブレターも効果的です》
「え、手紙?」
「そういえば、お前に昔書いた手紙、まだ持ってるよ」
その瞬間、ギプスが爆光を放った。
《理想のカップル、確定》
それ以来、我々はギプスなしでも息が合うようになった。
今では言わなくても、「タルタル」「レモン」で分かり合える。
ちなみに老夫婦の奥さんは、今も「味噌よ!」と笑って言う。
そして旦那さんは、「はいはい、タルタルね」と笑う。
……結局、“理想”ってのはギプスじゃなくて、許し合いかもしれない。
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。