第142章 甲府市:コウフノカミ、ぶどう畑に散る
甲府の朝は、ぶどうの香りとともに始まる。
それも、品評会を明日に控えた農園地帯では特に顕著だ。紫と緑が朝露に濡れてつやめく果実たち。その傍らで、異様な気配があった。
「……房、詰まりすぎじゃないか?これは……八分実りの呪いか?」
ぶどう畑に現れた男──いや、神。彼こそ、甲府市の神・コウフノカミである。
武田信玄を敬い、ぶどうと伝統を愛する真面目な神様。願いは力強く、誠実に叶えるのが信条である。だが、時として、真面目さが空回りする。
今日の願いも──そうなった。
事の発端は、ある農家の願いだった。
【願い内容】
「今年こそ、我が家のぶどうが“奇跡の美房”として選ばれますように」(藤森農園・五代目)
「奇跡……?上等だ。ではその“奇跡”を、手作業で演出しよう」
神、出動。だがなぜか“剪定ばさみ”を自前で持参していた。
最初の10分は順調だった。形がやや崩れた実を間引きし、葉の陰を除き、全体のシルエットを美しく整える。
「これぞ、芸術的な房……まさに“ぶどうの千手観音”だ……」
だが途中からスイッチが入った。
「……もう少し……もう少しだけ美しくできる気がする……!」
そこから、神の剪定モードが発動。
美しい房をさらに削り、美しい形をさらに研ぎ、ついには──
「……あっ、実が……2個しか……」
削りすぎて“精選されすぎた房”が完成してしまった。
「……まずい。これは“芸術”ではなく“供物”だ」
焦ったコウフノカミは、神通クラウドから“ぶどう再成長促進プログラム”をDL(※神専用)し、周囲に神気をばらまいた。
「おお……光ってるぞ、実が!」
──光っていた。明らかに不自然に。
「これは……夜店で売ってる光るぶどうキャンディ……?」
奇跡の美房は完成したが、それはもう「ぶどう」ではなかった。
一方そのころ、甲府市内のワイナリーでは別の騒ぎが。
「おかしいな……発酵が昨日より13倍速いぞ……」
「え、これもう飲める?てか熱い!発酵熱がアツすぎる!!」
神の放った“成長促進エネルギー”はなぜかワイン樽にも届いていた。
「うおっ!?開けたら中から“芳香族の精霊”が出たぞ!」
それは酔っ払ったフルボディの妖精だった。瞬時に収容された。
昼、神通庁の“農業部願い対応係”から警告が届いた。
《件名:ぶどうの神効過多について》
《内容:剪定に情熱を注ぎすぎ。味の神様と調整してください》
「……反省します」
神、しょんぼり。
だがその瞬間、新たな願いが飛び込んできた。
【願い内容】
「今日のぶどう狩り、親子で楽しくできますように」
これは……リベンジのチャンス!
午後のぶどう狩り会場。親子連れが列をなしていた。
コウフノカミは透明化して木陰から見守る。全神経を集中して“ぶどうの幸福度”を調整する。
「この房は“甘すぎて子ども泣く型”、こっちは“酸味多めで母の好感度UP型”……よし、並べた!」
親子がそれぞれ“自分好みの味”に偶然出会う確率が、ほぼ100%になった。
「ぶどうの神、ここにあり……!」
だが、最後に現れた男子高校生が叫んだ。
「これ……タネだけで実がない!!“ぶどうの禅問答”かよ!」
神、配置ミスをした。
夕方。
神通帳を見ていた市役所の神連絡係が、そっとつぶやく。
「……コウフノカミ、今日は“願い3件、混乱7件”……プラスマイナス、まあプラマイゼロか」
その頃、神殿ではコウフノカミが、反省として“種あり巨峰の皮むき修行”をしていた。
「この一枚、この一皮に、誠実を……誠実を……」
1粒むいては戻され、2粒むいては泣かれる。
明日もきっと、甲府のぶどうは甘くて真面目だ。
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