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トロピカル部長、南国に憧れすぎる

 ある朝、うちの営業部に新しい自販機が導入された。

 ごく普通のオフィスなのに、なぜか「南国リゾート感あふれるトロピカルドリンク専門機」である。

「オレンジ×マンゴー×アセロラ」
「パイナップル炭酸ジュース(気泡3倍)」
「スイカ・オブ・ザ・サマー(意味不明)」
 など、妙にテンションの高い品揃え。

 その日から、部長が壊れた。

「いや〜!この《南国スプラッシュ・ピーチ》、うまいなぁ!!」

 営業部長・丸山(52)、なぜか真冬なのにアロハシャツで出勤。

「部長、寒いですって。今日、最高気温5度ですよ」

「心が温かければ寒くないッ!!」

「それはヒートテックのキャッチコピーじゃ…」

「どうせなら、オフィスも南国にしよう!」

 そんな部長の一声で、営業部の室内装飾が激変。

 ・ヤシの葉(偽物)が天井から
 ・流木みたいなオブジェ
 ・サメのぬいぐるみ(なぜ)
 ・BGMは常時スティールパン

 気づけば、会議室のホワイトボードに「サマー営業戦略」などと書かれていた。まだ2月である。

 新人の杉浦が震えながら言った。

「……これ、営業部というより、リゾート地の休憩所では?」

 丸山部長の南国愛は止まらない。

 毎日トロピカルドリンクを飲みながらこう語る。

「日本にはな、癒やしが足りん。気温や湿度ではなく、“心の湿潤”が必要なんだ!」

「部長、それ“むしろジメジメしてる”って意味になりません?」

「違う。“内なるパイナップル”を目覚めさせろッ!」

 ついに誰もツッコまなくなった。

 事件が起きたのは、月曜の朝礼だった。

「皆さんに、営業部から贈り物があります!」

 そう言って部長が配ったのは──

「ココナッツ型タンブラー」であった。

 しかも名前入り。

「田中くんは“Cool Breeze タナカ”ね!」

「私は……“Sunset モモコ”ですか……?」

「俺は“Island Saito”……地味に嫌だな……」

 部員たちは混乱しつつも、なぜか使い始めた。

 その日から営業部のデスクには、全員ぶんの“ココナッツ”が並ぶことになる。

 通りがかる他部署の人々が、まるで水族館を見るような目で見ていた。

「うちの営業は“熱帯系”なんで!」

「数字も湿度も高めですから!」

 そんなスローガンを掲げ始めたある日、ついに上層部が動いた。

 役員が視察に来たのだ。

 部長、臆さず堂々と出迎えた。

「ようこそ我が楽園へッ!!」

「いやここ、四谷の雑居ビルやぞ」

 会議室にはフラミンゴのぬいぐるみ、BGMに波の音、部下はみなアロハ。

 役員の顔がピクリとも動かない。

 ……終了か。

 誰もがそう思った。

 が、次の瞬間。

「……この空間、思ったより……ストレスが少ないな」

「癒やされるな……」

「部長、これは……!」

「はい。“心の湿潤”です」

 まさかの高評価。

 その後、他部署でも“南国営業モデル”が模倣されるようになった。

 だが、その中で営業部だけは唯一、

「仕事の結果もトロピカルに」
 という無茶な理想を掲げ続けた。

 つまり「アセロラのような切れ味」「パインのような甘さ」「炭酸のような刺激」を営業トークに盛り込むという謎のチャレンジ。

 結果:全員、喉を枯らした。

 ある日、ついにトロピカル自販機が故障した。

「部長! 大変です! マンゴーが出ません!」

「……っ……こ、これは……試練……」

 部長、沈痛な表情で叫ぶ。

「“内なる果実”で、乗り越えるしかない……!」

「……それ、何をどうすれば……?」

 そして今日も。

 部長は空のココナッツタンブラーを片手に言う。

「この器が空でも、心は満たされている──それが、営業だ」

 それを聞いた杉浦が、ぽつりと。

「でも私、昨日クレーム処理で心スカスカでしたよ……」

「それはそれ、これはこれ!」

 南国理論、便利すぎる。

 我々の営業部は、今日もどこか湿度が高い。

 なぜなら部長がいるからだ。

 ──そう、彼は《トロピカル部長》だから。



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