第112章 山形市:ヤマガタノカミの願い
山形駅前のロータリーで、奇妙な張り紙が風に揺れていた。
「さくらんぼ一粒に、ひとつ願い。」
まるでポエムのようなその文句の下に、小さな地図が描かれている。目的地は、なぜかさくらんぼ畑のど真ん中だった。
その地図を頼りにやって来たのが、東京から来たフリーターの晴大と、その幼なじみで地元民の椿。ふたりの目的は、ただ一つ――「願いを叶える」と噂の神様に会うことだった。
「これって絶対、変な宗教じゃない?」
「いや、うちのばあちゃんも“あそこのさくらんぼ食ったら膝が治った”って言ってたし」
信憑性があるようなないような微妙な会話を続けながら畑の奥に進むと、そこには小さな東屋があり、中にはのんびりとした雰囲気の神様――ヤマガタノカミが、さくらんぼをぽいぽい放り込んでいた。自分の口に。
「あー、おめぇらか。さくらんぼの願い、聞きにきたの?」
ゆるく束ねた髪に、さくらんぼ柄の浴衣。風鈴みたいな声で、神様は笑った。
「え、あの、願いって……本当に?」
「本当よー。本当だけど、気が向いたら、ね。さくらんぼみたいに、甘かったりすっぱかったり、いろいろあるんだわ」
「それって要するに、気まぐれってことじゃん!」
椿がツッコミを入れると、神様はケラケラ笑って畳にゴロンと寝転がる。
「じゃあ、願いごと、言ってみな」
促され、まずは晴大が前に出た。
「えっと……俺、東京で俳優目指してるんですけど、今、週5で居酒屋の厨房やってて……つまり、演技の仕事がほしいんです」
神様はしばし黙って、さくらんぼを一粒、つまんだ。
「……んー、今の願い、甘さが足りんなぁ。もっと“人生かけてる”感をさくらんぼに乗せんと」
「え、それ俺の努力不足ってことですか?」
「努力っつーか、語彙? 情熱? 今の願い、ちょっとスーパーの見切り品っぽい」
「うるせぇな神様のくせに!」
「よし、よく言った。その勢い、好きよ。はいこれ、願いが叶うかもしれないさくらんぼ」
言って渡されたのは、やたら光沢のある紅秀峰だった。
そのさくらんぼを口に入れた瞬間、晴大の体がビクッと震える。
「うまっ!!てか、急に映像浮かんだ! 商店街の路上ライブで客が全員振り返って俺のセリフに泣いてる……!」
「たぶん妄想だな。でも、インスピレーションって大事だべ?」
続いて、椿が前に出た。
「私の願いは……ちょっと地味なんですけど、実家の八百屋、もう少し流行ってほしくて」
「おぉ、いいねえ、地味で真っ当なやつ!好きだわそういうの!」
神様は急に立ち上がると、畑の一角から枝ごと切り取ったさくらんぼを手渡してきた。
「これ、特級品。見た目が最高で、味も最高。でもすぐ傷む。出し方次第だべ?」
「……つまり?」
「SNS映えってやつよ!」
「急に現代的……!」
椿はスマホで写真を撮り、インスタにアップした。「#奇跡のさくらんぼ」「#神様がくれたフルーツ」……すると、五分後には地元ニュースの速報に。
《“謎の神様が営むさくらんぼ畑”に客殺到!》
畑の前には謎の行列ができていた。なぜかコスプレイヤーも混ざっていた。
「……あれ?ちょっとバズってない?」
晴大が呟くと、神様は縁側でのびをしながら言った。
「バズるとか知らんが、まぁ願いっつーのは、自分でも噛まなきゃ意味がねぇんだわ。さくらんぼと一緒よ」
その日、畑のさくらんぼは空っぽになり、神様はのんびりと昼寝に入った。
そして一週間後。
晴大は地元のケーブルテレビの再現ドラマで泣き叫ぶ役に抜擢され、椿の八百屋は「神フルーツあります」と書いただけで売上が三倍になった。どっちも、なんか、ギリギリ怪しい。
だが、さくらんぼの甘さは、間違いなかった。
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