第82巻 明石市:アカシノカミの願い
兵庫県明石市。
潮の香りと共に、ゆるゆると時が流れるこの街には、ちょっと変わった神様が住んでいる。
名を――アカシノカミ。
海を見守る神様であり、願いを叶える際には、潮風のように爽やかに、しかし妙に斜めから応じることで有名だ。
ある日、明石駅前にて。
大学進学のために引っ越してきたばかりの女子大生・紗凪は、ホームシックと孤独に打ちひしがれながら、観覧車のふもとでぼそっとつぶやいた。
「新生活、ちょっと爽やかになりたいな……あと、出会いとか……できればイケメン……」
その瞬間、ふわっと潮風が吹いた。
目の前にあったタコの石像の目がキラッと光る。
……いた。アカシノカミである。
「ごめん、願い、聞こえちゃったから……」
「ひえっ、え、石像しゃべった!?」
「ううん、潮風。私はアカシノカミ。願い、叶えにきた。少しだけね。爽やかに」
翌朝。
紗凪の部屋に、なぜか海から直送の魚介セットが届いた。
しかも、クーラーボックスには手書きで「さわやか便」と書かれている。
「誰!? 誰が送ったの!?」
その日、大学の新歓BBQにも、なぜか「明石産タコ」が10キロ分届いた。
主催者が慌てて焼き始めると、妙に人気が出て「タコサークル」として一気に部員が増えた。
気づけば紗凪も、タコサークルの初代広報として注目の的になっていた。
「ちょっと待って。これ……私が願った“爽やかな出会い”って……これ?」
海辺の防波堤に座っていると、またあの潮風が吹く。
アカシノカミ、再登場。
「君、人気出てるよ。タコで。さわやかだし」
「さわやかって、これ潮風の意味の“さわやか”じゃないですか! 私が言ったのは……なんかこう、青春的なやつですってば!」
「じゃあ、次は青春風にね。波乗せとく」
翌日――
大学の掲示板に、「青春風! タコスイーツ開発部、始動」の文字が。
紗凪の“青春”は、タコと共に加速していった。
気づけばSNSで「#青春タコ女子」としてバズ……しないけれど、地元の商店街には彼女の等身大タコ看板が立ち、近所のおばあちゃんから「タコちゃん」と呼ばれてかわいがられている。
たしかに爽やかで、人との出会いも増えた。
「……でもイケメンどこいった」
そうつぶやいたある日、アカシノカミが現れた。
「イケメン、難しい。だから……代わりにイケタコ置いといた」
「イケタコって何!? 怖っ!」
「タコ界でモテるやつ。すごく足が早い」
結局、紗凪は明石の潮風と、よくわからないタコと、のんびり生きることを選んだ。
「まあ、これはこれで、好きかも」
今ではすっかり“タコ界の広報担当”として明石に溶け込み、
今日もレトロなカフェで、赤い蛸型キーホルダーを机に置きながら、ひと息ついている。
そこに、ふと潮風が吹く。
「また、願ったら来ちゃうよ」
どこからか、アカシノカミのささやき声が聞こえた。
爽やかな風が吹いたら、それはきっと。
神様が、ちょっとだけ働いているサインかもしれない。
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