「ピーポーおじさん」
駅前交番に勤務する若手警察官・村崎は、朝から落ち着かない様子だった。
「先輩、今日の夜勤、例の“ピーポーおじさん”がまた来ると思うんすよね…」
「ああ、あの自称・警察広報大使。夜10時になると毎回、窓の外で敬礼しながら『ピーポーポーポー』って口で言ってくるあの男な」
「そうです。“勝手にサイレン”の人です…!」
交番の先輩・塩谷は新聞を折りたたんで言った。
「ま、今のご時世、サイレン鳴らすだけなら無害だ。むしろ音程が安定してきててちょっとすごい」
「いや、すごくないです!先週なんて、棒にトイレットペーパー巻いて『ご近所の平和を守るロールキャノンだ!』って言ってましたよ!」
「それはただのシュールギャグだな」
「問題はそこじゃないんですよ!」
村崎は机を叩いた。シュールギャグを職権乱用で通報してやりたい気分だ。
「しかも、あのおじさん…住民票ないんです」
「えっ」
「身分証は『昭和54年発行の自作IDカード』です。写真は目が3つ描かれてて、名前が“正義三等兵(せいぎさんとうへい)”です」
「やばいな、それ」
夜になると、案の定やってきた。
「敬礼!!こちら“自由と責任の交差点”より通信!こちら“平和の灯台”、応答せよ!!」
交番の外に、例の男がいた。上下蛍光グリーンのジャージに、謎のバッジがずらりと縫い付けられている。帽子には手書きで「巡察隊」——パトロールと読みたいらしい。
「本日は、変質者の目撃情報3件、猫の誘拐未遂2件、あと……自転車にカゴをつける際のネジの緩み調査、完了しました!」
「誰に報告してんだよ」
塩谷が小声でつぶやくと、村崎が悲しそうに言った。
「実は……このおじさん、通報されてるんです。しかも、昨日だけで4件」
「おい待て、まだ出動してすらいないだろ!」
「いえ、午前中だけで半径500mパトロールしてたらしくて……『不審者が不審者を探してた』ってご近所に言われて……」
塩谷はため息をついて、ドアを開けた。
「はいはい、“正義三等兵”さん。今日はちょっとだけ、署まで同行してもらおうか」
「……あっ。そう来たか。やはり、時代は“令和の粛清”を求めているな」
「ちがうよ!」
突然、奥から女性の声がした。
コンビニ袋を下げた近所のおばちゃん、ミナミさんだ。
「その人、悪い人ちゃうねん。朝のゴミ出し手伝ってくれたり、犬のうんち拾ってくれたり、たまに私より挨拶上手いわ」
「いや、そういう問題じゃ……」
「それに昨日、家の前で知らん男がジロジロ見てたとき、『家宅監視警報発令ッ!』って言って追っ払ってくれたんよ?」
塩谷と村崎は顔を見合わせた。
たしかに、ちょっと行きすぎた善行の人ではある。
「じゃあ、あなた名前はなんていうの?」
「……本名ですか?」
「本名があるなら」
「“小針正義”です。元郵便局員でした。定年後にヒマで、町を守ろうと思って……」
沈黙。
村崎がぽつりと言った。
「……制服、着てもらっていいですか?」
「えっ?」
「もちろん本物じゃなく、町内会のパトロールベストで。でも、こっちからちゃんとお願いして活動してもらえたら、ご近所も安心だし」
塩谷も肩をすくめた。
「どうせなら、“野良ヒーロー”より、“公式マスコット”の方がいいって話だ」
「……わたし、正義として……認められたんですか?」
「いや、警察じゃなくて“住民パトロール枠”ですけどね」
それ以来、小針正義は「防犯ボランティア・正義さん」として町内で大人気になった。
夕方、学校帰りの子どもが言った。
「ねえママ、今日もピーポーおじさんに敬礼してもらったよ!」
「よかったねぇ」
翌週には、町内掲示板に貼られた「防犯だより」に、彼の似顔絵とともにこう書かれていた。
『今月のヒーロー:正義さん。あなたの“正義感”、ちょっとズレてて、でもすごく温かい。』
村崎はその下に、そっと付け加えた。
「正義って、わりと手作りできるらしい」
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