割箸名探偵
──昼下がり、商店街の奥にひっそり佇む寿司屋「大漁一番」の座敷で、事件は起きた。
「お、おい……ない……!」
客のひとりが青ざめて叫ぶ。彼の前には、光り輝くサーモン寿司。しかし、箸が、ない。
「えっ、うち、割り箸は必ずセットで出してますけど……」と店主の宮本が首をかしげる。
「ほら見てくださいよ! 寿司はあるのに、割り箸が消えたんです! 誰かが……盗ったとしか思えない!」
そこに、居合わせたのが我らが「割り箸探偵」こと、江ノ島(えのしま)まゆみ。年齢不詳、和服に蝶ネクタイ。職業:自称・割り箸紛失専門調査員。
「ふっ、箸がない……つまり、真実を割るときですね」
誰にも頼まれていないのに、まゆみは席を立ち、まるで名探偵のように周囲を睥睨(へいげい)した。鼻息が荒い。
「まず、状況を整理しましょう。犯人は、ここにいる!」
「え? 別にそこまで大げさに……」
「黙秘は容疑を認めたも同然!」
「まだ何も言ってませんけど!?」
まゆみはどこからか金の虫眼鏡を取り出し、畳の隙間を這わせるように舐めまわす。
「ふむ……この足跡。24センチ、偏平足、わずかに醤油の香り。女性。寿司を食べるスピードは……高速ッ!」
「なにそれ」
「さらに、このテーブルの木目! 明らかに割り箸がここで“空中分解”した痕跡があります!」
「……そんな痕跡ある?」
見れば普通のテーブルだ。が、まゆみの目はギラついていた。
「よろしい、証言を集めましょう! 店主の宮本さん。あなたは割り箸を渡したと?」
「はい、ランチセットには必ずお付けしています。箸袋に入れて、こうやって……あれ?」
宮本が手本として割り箸を出そうとしたが、箸袋の中身が空だった。
「……なんで空っぽ!? 昨日までは確かに……!」
「犯人は……準備周到だったのですね」
「いや、もうそれ店の在庫管理ミスじゃない?」
そこへ、奥から現れたのはアルバイトのタケル。大学二年、サークルでDJ担当。寿司に関しては「えんがわって人名じゃないんすね」と言った経歴あり。
「まさか……タケルくん、あなたが?」
「いや、俺そんな箸フェチじゃないっすよ?」
「ならば……犯人は彼ではない……が、嘘をついているとしたら?」
「それ、もう誰でも犯人じゃないっすか?」
混乱する店内。そこへ、窓の外からふらりと現れたのが、隣のたこ焼き屋の主人・権田だった。
「おお、またやっとるな割り箸探偵。まーた寿司屋で“真実”割る気か?」
「権田さん……あなたは何かをご存知ですね」
「いや、そもそもこのあたりの飲食店、みんな同じ問屋から割り箸仕入れてんだよ。でも、最近その問屋が“竹製エコ箸”に切り替え始めててな……うちも今日からフォーク出してんのよ」
「なんですと……!」
全員がざわついた。
「つまり……これは犯人がどうこうではなく、エコ推進の波が……寿司屋に、箸のない昼下がりをもたらしたということ!?」
「そうか……箸がなくなったのではない。時代が……割り箸を置いていったんだ」
「えっ、いやでもサーモン食べられないんすけど」
最後に叫んだのは、最初に箸がないと訴えた客・佐久間だった。彼はサーモンを前に、指でつまむ勇気もなく、ただ呆然としていた。
すると、まゆみが懐から、懐紙に丁寧に包まれた割り箸をスッと取り出し、差し出した。
「……この日が来ると思って、私は“マイ割り箸”を常に携帯しているのです」
「まさかの……探偵からの施し……!」
佐久間の目に光が宿った。サーモン寿司を、震える手でつまみ上げる。そして──
「う、うまいッッ!!」
拍手が起きた。誰が始めたのかは、わからない。でも、その場にいた全員が、なぜか拍手した。まるで、ひとつの舞台が終わったように。
まゆみは何食わぬ顔で席に戻ると、自分の茶碗蒸しをじっと見つめた。
「……スプーン、ない!!」
完。
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