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一人ランチの雑さで分かった、食への本音

一人で食べるランチ、なんだか適当になっていませんか?

一人ランチの選択には、その人の本音が出る気がします。



せっかくのランチ、のはずだったのに…

本日、午後から研修がありました。

せっかくだから、少し良さそうなお店でランチしちゃっかな♪なんて、ちょっと浮かれてスマホでお店を探していたんです。


でも、途中で心が折れてしまって、結局コンビニですませてしまいました…。


食に興味がないわけじゃない

別に、コンビニごはんが嫌いなわけではありません。

食に興味がないわけでもないです。

むしろ、食欲はかなり旺盛でして…。


それなのに、なぜ今日は「ちゃんとしたランチ」を選べなかったのか。


私の中にあった基準

考えてみると、私の中にはこんな気持ちがありました。


美味しいものは、誰かと一緒に味わいたい。

一人の時は、心にゆとりを持って味わいたい。


でも今日は、この後に研修というタイムリミットがありました。

限られた時間の中で、

お店を探して

メニューを決めて

落ち着いて味わう

…むり!

この一連の流れを想像しただけで、重たく感じてしまったんです。味わうどころじゃない。


ふと思い出した、息子の言葉

そんなことを考えていたら、ふと息子の言葉を思い出しました。

我が家には、小学5年生の息子がいます。
私の子供とは信じられない位痩せています。
人生で太った経験がない息子と、痩せた経験がない母。シンジラレナイ…。


そんな息子がある日言ったこと。

べつに食べなくてもいいけど、だから食べるなら美味しいものを食べたい


以前は、あまり気にも留めていなかったこの言葉。

今日、ストンと腑に落ちました。


「適当」ではなく「選びたい」気持ち

「あまり食べないから適当でいい」のではなく、

あまり食べないからこそ、自分が本当に食べたいものを食べたい。


そういうことだったんだな、と。


もしかして、私より貪欲?

もしかしたら、私よりも息子の方が、

食に対してずっと素直で、貪欲なのかもしれません。


私はいつの間にか、

せっかくだから

ちゃんと選ばなきゃ

中途半端ならやめておこう


そんな基準で、自分の「食べたい気持ち」を後回しにしていた気がします。

自分の本音に向き合うのって、けっこう面倒じゃないですか。
だから、今日の私のランチみたいに、まぁいっか。となってしまいませんか?
今日は時間が無いからまた今度…とね。

でも、面倒だからと諦めてる場合じゃないない。自分自身で、自分のために、自分が大事にしたいことに向き合わねば。


日常の選択に、ちゃんと本音は出ている

こういう日常の何気ない選択の中に、自分の本音が隠れている気がします。

本当に些細なことですが、日々自分に向かうことで、こういう気づきが積み重なっていくんだと思います。


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