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漫画家アシスタント物語  第8章 〈15〉 最初は気楽なサラ金地獄!

 
《写真上:2011年、池袋東口のビル街。私が沼ったサラ金はこの近所です》
              < この8章〈15〉は、文庫本約10ページ分 >


「第8章」は、独立した「章」ですので、「第7章」の続きではありません。
「第8章〈1〉」(無料)より、お楽しみいただけます!
 
ただし‥‥
はじめての方は、
「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!

 
 

               その29  
  
 《 漫画家アシスタントが・・・50歳まで続く借金人生を開始! 》
 
 
私がサラ金地獄にはまった経緯については、「 第5章その41 」以降に書いています。重複するかもしれませんが‥‥ 当時の事情を書いておきたいと思います。

これから起こる出来事の、元となる話をさせてください‥‥
少し、長くなるかもしれませんが‥‥‥‥ 

何十年も前の事なのに、こうして書いているだけで気分が落ち込んできます。 こんな陰々滅々とした話を読んくれている皆さんは、大丈夫なんでしょうか‥‥ どうか、「バカな奴だ」と、笑ってやってください‥‥‥‥ 

私は、落ち込むのが仕事みたいな人間です。 まだまだ、首をつったり、マンションのベランダから飛び降りたり‥‥‥‥しません!
 
 
さて‥‥‥‥
 
多額の借金を抱える私が、いつも人から聞かれる事は‥‥
 
「 借りたお金を何に使ったの? 」
‥‥という質問です。
 
最初に借りたお金が5万円で、そのお金は確かに遊興費などのおこづかいとして半分使いました。( あとの半分は生活費 )
 
その後は毎月1~2万円づつ月末に追加融資を受けたのです。
 
直接借金して遊んだお金といえば、借り始めの頃の数万円で、あとは月末の生活費に使っていました。
 
10万円前後の借金なら、その利息年利36%( ※参照 )は毎月3000円ほどでたいした事はありません。 しかし、その『 たいした事はない 』という油断が、月々の出費をルーズにして着実に借金を増やしていったわけです。
 
最初の1年で借金は15万円になり、次の1年で20数万円に‥‥ そして3年目には40万円を越え‥‥‥‥
 
1年目で、元金が月々の給料である10~12万円を上回る金額になると、少しだけ危機感が出てくるのです‥‥ しかし‥‥

『 ボーナス( 2か月分 )で返すから大丈夫さ‥‥ 』
 
などと甘く考えるのですが、実際にボーナスを手にすると‥‥
 
『 このボーナスは使う予定があるから、次のボーナスで返そう‥‥ 』
  
さらには‥‥
 
『 漫画家になって単行本が出れば、簡単に返せるから問題ない‥‥ 』
 
などと考えてしまい( ‥‥実は、何も考えていない! )‥‥‥‥結局、2年目には、借金がさらに増えてしまうのです。
 
この高利の借金というのは、ある臨界点に達すると利息を払える限界を越えます。
 
借金額が給料の3倍( 手取り月給11万円だと30万円 )になると、その利息は月々1万円。この利息がさらに生活を圧迫しますので、月末になると生活費が確実に足らなくなります。
 
ここら辺から、利息を払うために新たな「 借金 」をする「 利息型借金地獄 」とか「 増殖型多重債務 」( 全て造語 )といったレベルに突入するわけです。
 
1982年、秋山プロ勤続4年目‥‥ 私は27歳‥‥

サラ金人生、3年目‥‥ 累積債務50万円‥‥‥‥
 
手取り11万円で、光熱費、電話代、そして家賃を払ったら6万円ほどの生活費しか残らないのに、そこから借金50万円の利息約1万5千円を払っていたら、もはや生活できない‥‥!
 
「 あれ‥‥? これって、もしかして‥‥ もう、ダメなんじゃ‥‥ 」
 
そう気付いても‥‥ 誰にも相談できません‥‥‥‥
 
まるで、パンツについたウンチの汚れを人に見せるような恥ずかしさがあります‥‥‥‥。
 
しかし、さすがに追い詰められた私は‥‥‥‥
 
『 先生に相談するしかないな‥‥ 』
 
1978年に23歳で秋山プロに入り、毎月のペース( 約2年間 )で1万円ほどを先生から借り続けていた( 当時は、ただの一度も返済しませんでした )私が、先生から‥‥
 
「 またかよぉ~? 」
「 す‥‥ すいません‥‥ 前借りを‥‥ 」
「 おめぃ~のは、前借りじゃねぃ~だろ! 一度も返した事ねぃ~んだからよぉ~! 」
 
などと怒られるので、つい「 サラ金 」に手を出してしまったのが運のつき‥‥
 
それにしても、しばらく( 2~3年 )借金をしに来なかった私から突然‥‥ サラ金地獄にはまったから‥‥と、泣き言を聞かされるジョージ先生もいい迷惑だったと思います‥‥‥‥。
 
今から考えますと‥‥ こんなダメな男をよくクビにしなかったものだと‥‥‥‥
 

 


80年代に通勤で利用した埼京線の北戸田駅です。線路の先は赤羽、池袋方面。2011年1月

 
               その30  
  
    《 漫画家アシスタントが・・・空の給料袋に泣く! 》
 
 
秋山プロの「 サラ金トリオ 」( ※参照 )の一人である私が、ジョージ先生にサラ金の相談をしたのが1982年夏、27歳の時でした‥‥
 
あきれ果てた弟子の姿に‥‥
 
「 おめぃ~はよぉ‥‥ 何考えてんだよぉ‥‥ 俺ぃは、忙し過ぎて頭が痛ぃ~くらいなのによぉ~! 」
 
例の地の底から響く地鳴りの様な低い声で叱責するのです‥‥ 連載漫画の事で寝食も忘れて打ち込んでいるジョージ先生に、ダメ弟子が足を引っ張ている‥‥‥‥ そんな姿をさらしながら‥‥‥‥
 
私は結局‥‥‥‥

「自分でなんとかします‥‥‥‥」
‥‥と、背中を丸めてジョージ先生の部屋を出ました。
 
『 軽蔑されただけだな‥‥ こりゃ‥‥‥‥ 』
‥‥という思いと‥‥
 
『 結局、先生の邪魔をしているだけなんだ‥‥‥‥ 』
‥‥などという思い‥‥ そして‥‥
 
『 何をやってるンだよオレは‥‥! 』
‥‥と、自己嫌悪。
 
‥‥借金のドン詰まりは、みじめなものですが‥‥ これは‥‥ サラ金人生の、まだほんの入口にすぎませんでした。
 
ズルズルとアリ地獄の中で力尽きるまで‥‥‥‥ この先25年間以上‥‥ もがき続ける事になるのです‥‥‥‥
 
 
借金が毎月1万円づつ増えていく状況を、自殺もせず‥‥ 強盗もせず‥‥ 楽観できたのは、若さのせいかバカさのせいか分かりませんが‥‥
 
初めてサラ金を利用してから7~8年(約90ヶ月)ほどで100万円の大台を越え、事実上「返済困難状態」になります。 また、借り入れ先もサラ金、信販会社、銀行ローンなど複数になります。 
 
こうした状態から一気に( 雪だるま式 )に借金が膨らんで破産してしまうパターンが多い様ですが、私の場合、ちょうどバブル時期と重なってボーナスやら昇給やら、借金膨張と並行して所得も増えた事で、危機が先送りされた状態でした。
 
総借金額が5万円から100万円を越えるのに8年。 100万円から200万円へ進むのに6年。 200万円から300万円に突入するのに4年‥‥ 破滅へのペースが徐々に加速していくところが、まるで物理法則のようで面白いところです‥‥‥‥ 「 借金物理力学 」とでも名付けたいほどです。
 
100万円の頃( 31歳 )は、手取り月給が16万円( 家賃5万円 )で利息の払いが毎月3万円。 200万円の頃( 37歳 )には、 手取り月給22万円( 家賃7万円 )で利息( ※参照 )の支払いは毎月約6万円‥‥
  
借入は全て「 リボ払い 」といって、毎月一回、元本1万円ほどに利息を付けて返済しますので、給料日には、そのまま給料袋から現金を出して元本5~6万円( 借入先数社 )。それに利息合計6万円ほどを加えて返済するわけです。
 
手取り給料の22万円の残りが11万円に‥‥ そこから家賃を引くと‥‥ 頼りの「 1万円札 」は4枚ほどしかありません‥‥‥‥
  
給料日に給料が右から左へとあっという間に消えていくわけです‥‥‥‥ 給料袋はもらったその日に、ほぼ空袋!
 
そのため‥‥ すぐに( 返済と同時に! )新たな借り入れをします。 ‥‥つまり、まったく借金の元本を減らす事ができないまま借入額を増やして( 毎月1~2万円増加 )いくわけです。
 
こうなると、給料袋に何のありがたみも嬉しさもありません。完全に「 サラ金 」に利息を払うために働いているのも同然で、サラ金のキャッシュディスペンサーから毎月の「 給料 」をもらっている様な錯覚にさえ陥ります。
 
ところで、漫画を描いている人間なら、自分のこうした体験を漫画にする事を構想しないわけは無いのですが‥‥
 
この当時は、自分の借金地獄を漫画にしよう‥‥ などと考える余裕は、まったくありませんでした。
 
1990年頃には、「 サラ金問題 」を映画にしたり、漫画にしたりして稼いでいる人( ※参照 )もいましたが‥‥ 私にとっては、正直‥‥ 自分の人生がからかわれている様な複雑な心境でした。
 
結局‥‥ 借金の事は誰にも話さず( スタッフの仲間には少しだけ話していました )、憂鬱な現実から逃げる様に自分の漫画作品を制作していたのでした‥‥‥‥。
 
丁度、借金が100万円の頃( 31歳頃 )にデビューして、借金200万円の頃( 37歳頃 )にヤングジャンプ誌から見限られるのです。
 
 
当時( 80~90年代 )は毎月、給料日になるとサラ金へ給料袋を持って出かけるのですが‥‥
 
今でも、ハッキリと思いだせる‥‥ あの薄暗い‥‥ 地下へ降りていく、階段のペンキの臭い‥‥ そして、誰もいない地下の小部屋にあるキャッシュディスペンサーの不気味な存在感を‥‥‥‥ 私は死ぬまで忘れる事がないでしょう‥‥‥‥
 
もらったばかりの給料は数日でなくなり、財布も空っぽ‥‥ なんとか節約して、出費を抑えねば‥‥‥‥

『今月は、生活費でギリギリ8万ほど出すかな‥‥』絶望的な気分です‥‥‥‥

機械に自分のカードを差し込むと、画面に可愛い女性キャラクターが登場、ニコニコしながら‥‥
 
「 いらっしゃいませ! 」
するとその時‥‥ 

突然、そばにあるインターフォンが鳴るのです‥‥
 
受話器を取ると‥‥ 係の女性が優しい声で‥‥
 
「 お客様は小池様ですね~ 」明るく元気な声‥‥
「 はぁ‥‥‥‥ 」病人のような声‥‥
「カードの限度額が100万円から200万円に増額されました~! 」
「 はぁ? 」
「 ただ今、追加のご融資をされますと、お利息も1%ほどお安くなって、大変お得ですよ~♪ 」

 
  
 

       「 漫画家アシスタント物語 第8章〈16〉」へつづく・・・・

                   「第8章〈14〉」へもどる‥‥

                   「もくじ」 へ‥‥

 

  

 ~~~ 参照 ・第8章〈15〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
 
 【その29】
利息年利36% : 私が利用したサラ金のPミスに36%の利息を20年以上支払っていました。1980年当時、サラ金の最王手のT富士の金利は42%。
 【その30】
サラ金トリオ : 先輩アシスタントと私を含む3人だけがサラ金にはまっていたので、「秋山プロのサラ金トリオ」と影で言われていた。
利息 : サラ金の利息は、36%でしたが銀行などは、もっと安い18%ほど、信販会社でも長期ローンなら20%位でした。ただし、融資額は少なく多重債務者にとっては頼りにならない存在でした。
稼いでいる人 : 映画「夜逃げ屋本舗」東宝1990年公開。「なにわ金融道」講談社、青木雄二作‥‥等。

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