見出し画像

漫画家アシスタント物語 古い話で章〈13〉 兄弟子は、高校の先輩だった!

 
《 写真上:秋山プロの仕事場。二人の奥の向かい側が私の席。1987年 》
        < この「古い話で章〈13〉」は、文庫本約10ページ分 >

 
 

「古い話で章」は、独立した「章」ですので、「諦めま章」の続きではありません。 無料で、各話、お楽しみいただけます!
 
ただし‥‥ 各話が連続していますので、
「古い話で章〈1〉」からお読みいただく方が、よろしいかと思います。
 
はじめての方は、
「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!



              その25
 
     《 漫画家アシスタントが・・・タバコを贈る!? 》

 
3畳一間に3人の若者が肩を並べて漫画背景の仕事をしています。

1969年、春から夏、机の上には窓があってその窓から緑の木々が風に揺れるのが見えます。

ジョージ先生( ※参照 )は、フスマを隔てた隣の部屋で黙々と仕事をしているのですが、喋る事はほとんどありませんでした。

キャラクターが描かれた原稿用紙の余白に、簡単な先生からの指示が書かれてあり、それを確認しつつアシスタントが適当に背景を加えていくのです。

加川さん( ※参照 )にとって、この仕事場は、以前のアシスタント経験もあって、それほどガチガチに緊張していたわけではありませんでした。( 転職慣れしていたのです )

むしろ、お気楽に構える事の出来る仕事場でしたが‥‥‥‥ 先輩として仕切っていたウイタさん( ※参照 )は、ちょっと態度が大きいように見えていました。

20歳前後の若者にとって、1、2歳の年の差は、結構大きな違いに感じるものですが、加川さんの方が2歳年上だったので、年下のウイタさんへの印象が「 生意気 」だとか「 エラそう 」だとか、最初は好感が持てなかったのです。

そんな中で、16歳の若いK君( ※参照 )がウイタさんから注意を受けるのを見て‥‥

「 Kちゃんは、まだ16歳だよ‥‥ なんで、こんな可愛い奴をいじめるんだよ! 」
‥‥そう声を荒げたわけです。

しかし、これは、加川さんの思い出話であり、ウイタさんの思い出話ではありません。

「 俺は、そんな事言ってないと思うよ 」

クールに語るウイタさんは、現在、62歳。 白髪の初老の男性ですが‥‥‥‥ 長身で背筋の伸びた姿は、年を感じさせません。 若々しく、スポーティーな印象さえ与えます。
 
 
一つの出来事を白い丸い球に例えると、その光の当たっている部分は、真っ白に見えますが、反対側の影になっている部分はグレーに見えます。

同時に、その中間を見ると、白とグレーとの半分々々に見えます。

同じ球でも、見る角度によってそれは、違う球に見えるわけです。

40年も前の話ですので、起きた出来事に、どんな見方や感じ方があるか‥‥‥‥ それは、人それぞれで良いのだと思います。

その上、私のイイ加減な色眼鏡で写し取られた解釈によって、球が黄色にもピンクにも変わっていることだって考えられます‥‥‥‥‥‥
 
 
これから、少しですが‥‥‥‥ ウイタさんの話を書いてみたいと思います。
 
彼の話はこんな感じです‥‥‥‥
 
 
「 Kちゃんをいじめた覚えはないよ 」( キッパリと )
 
最初から、仕事場でK君に絵の事で批判や注意などはしていないと‥‥‥‥

では、何故、加川さんが怒ったのかでしょうか‥‥‥‥?

「 俺が、加川さんの絵について批評したからだよ 」

加川さんが描いたオリジナルの漫画作品について、ちょっとキツイ批評をしたそうです。

もっとも、「 キツイ 」と言っても、ただ‥‥‥‥‥‥

「 これさ、デッサンが狂ってるよ 」

‥‥‥‥と、それだけの批評だったそうですが‥‥‥‥‥‥

その言葉に、急に反応して加川さんが怒りだしたのだと‥‥‥‥

「 俺は、若い頃は生意気で、確かに印象は悪かったと思うよ 」

優しい笑顔を見せながらちょっと反省するような感じで‥‥‥‥‥‥

「 言い方とか、態度とか悪かったかも知れない‥‥‥‥ 色々と苦労している加川さんから見たら年下のくせに、生意気な奴だったかも‥‥‥‥ 」

ただ、ウイタさんは、当時、ジョージ先生のアシスタントは週に一日だけのアルバイト的な形式でしか仕事をしていませんでしたから、それほど「先輩風」を吹かせたり、デカい態度を見せていたとも思えません。

しかし、実際に「 ケンカ 」は起こります‥‥‥‥

加川さんがウイタさんに罵声をあびせるのですが、それは、そんなに大きな声ではなく、先生にも聞こえていなかったかも知れません。

ですから、ジョージ先生がフスマの向こうから笑いながら「 今日はもう終わり 」と言ったのは、夜になって時間が来たから「 今日は、もう終わりにして帰れ 」と言っただけだそうです。

ですから、すっかり外は暗くなっていて、その中を3人で帰って行ったわけです!

その時に、ウイタさんの先を歩く加川さんがタバコを探しながら、それを切らしているのが見えた時‥‥‥‥

この時、なぜか‥‥‥‥

よく理由が分からないまま、ウイタさんは、自然と‥‥‥‥ ただ自然と‥‥‥‥ 近くの自動販売機へ行ってタバコを一つ買うと‥‥‥‥ それをタバコを切らした加川さんに渡したそうです。
 
ウイタさんは、ただ気軽にタバコを買ってあげただけで、特別な思い‥‥‥‥ 謝罪や後悔の念があっての事ではありませんでした。
 
「 俺があげたのは‥‥ 確か‥‥『 ショートピース 』じゃなくて『 ハイライト 』だよ 」
 
40年以上も前の細かい事をよく覚えてるウイタさんです。
 

 
 


1987年の仕事場。これは2014年6月24日TBSテレビで放送される深夜番組『林先生の痛快!生きざま大辞典』で引用予定の写真です。人物は先輩のNさん、手前のデスクが私のデスクになります。

 
               その26

  《 漫画家アシスタントが・・・・・取材を拒否される!? 》
 
 
「 俺の事をブログに書かれたり、あなたと話をするのは断ろうと思ってたんだ 」

私は、ウイタさんと最初に連絡をとった時に、彼から電話でそう言われたのです‥‥

こうした事は、よくある事で、記事が嘘であるかどうかではなく、印象が悪いかどうかによって嫌悪感を感じる人が多いのです。

ちなみに、私の師匠であるジョージ先生などは、特にこのブログを嫌悪しています。( このブログが書籍化された当時は、まんざらでもなさそうだったのですが )
 
「 ブログなんか、まだやってんのかよ! もう止めろよ! 」

‥‥‥‥自分の事を書かれるのが、よほど不愉快なのでしょうし、また仕事場は自分の社内事項であるから、著作物と同じ、故に勝手にブログにするなど許せない‥‥‥‥と、いう訳なのかも知れません。

それは、ともかく‥‥‥‥

最初から、私に拒絶の意を表したウイタさんに対して、二の句も告げない私に‥‥‥‥

「 嫌だなぁ‥‥‥‥と、そう思ったんだけどね‥‥‥‥ 」

「 ‥‥‥‥‥‥ 」私は言葉もない。

「でもさぁ‥‥」

「はい‥‥」

「 同じ学校の後輩じゃ仕方ないかなと‥‥‥‥ 」

「 はぁ‥‥? 」

「 あんたK高校( 都内、目蒲線沿いの古い男子高校 )だったよね? 」

「 そうです! 」

「 K高校って最悪だったよなぁ! 」

「ええええ! じゃ‥‥ウイタさんは、俺の先輩( 3歳上 )ですか~!?」

こうして、私と会って面談してくれたわけです。

ところで、この「 最悪のK高校 」というのは、この男子校が古臭い伝統ばかりを重んじる低能ボンタン高校(1970年の返済値30程度】だった事を指した言葉です。( ただし、現在は、偏差値69の受験校になっています )
 
まったくの偶然ですが、ウイタさんと私は同じ高校出身者だったのです。
 
予想もしなかった事なのですが‥‥ 私の事を「 wiki 」で調べたらしく、出身高校をご存じだったようなのです。

一緒に仕事をした事も、話した事もほとんどないウイタさんと、共通の会話が出来る「 同じ高校出身 」という最高の橋渡しが見つかったという事です。

ウイタさんは、横浜の中流家庭の出身で、父親が電力会社勤務( 例のメルトダウンの会社 )でしたから、他のスタッフ( 家なし、親無し、ド貧乏 )とは、状況が随分と違います。

ジョージ先生の所で最初にアシスタント( 第1号! )になったのが‥‥‥‥ このウイタさん。

家出をしてから先生の所へ行ったそうですが、アシスタントに成る時に、先生に対して条件を付けた稀有けうな存在です。

「 先生、僕は、漫画家に成るので専属でアシスタントをするつもりはありません 」

これは、相当に凄いタンカです。( しかも、まだ17歳です! )

「 専属のアシスタントはできません 」

私なんぞには、絶対に口に出来ないズ~ズ~シ~発言です。

「 だから、一週間に一日だけの勤務でも良いですか? 」

今の先生だったら、きっと‥‥‥‥

『 こいつ‥‥‥‥ 気でも狂っているのか? 』

‥‥‥‥と、仕事を断るだろうと思いますが、当時(1969年)の先生( この時26歳 )はどういう訳か、それを了承します。

「 でも‥‥ 週に一日だけじゃ生活出来ないでしょう!? 」

私は、当然の疑問をぶつけますが‥‥‥‥ ウイタさんは、表情一つ変えずに‥‥‥‥

「 自宅だから 」

「 え? じゃ、衣食住には困っていなかったと? 」

「 まぁ‥‥ そ~だね 」

「 でも、さっき‥‥ 家出したって‥‥‥‥ 」

「 それは、すぐに戻ったから 」

「 え? 」

「 3,4日で家に戻ったから 」( つまり、4日間の短期家出? )

ウイタさんの話は続くのですが‥‥‥‥ 数年のアシスタントの後で、アニメ業界に入り、今では立派なアニメクリエーター!

「 今、ポケモンの原画を描いてます 」

「 えええっ‥‥ あのポケモンですか!? 」

‥‥‥‥とりあえず、この話は、後日、改めてするとしまして‥‥‥‥

一旦、加川さんの話に戻りたいと思います。

加川さんが語る、もらったタバコが仲直りの切っ掛けになった話の後日談です‥‥‥‥
 
 
 
 
 
     「 漫画家アシスタント物語 古い話で章〈14〉」へつづく・・・・
                 「古い話で章〈12〉」へもどる‥‥
                        「もくじ」 へ‥‥
 
 
 
 
 ~~~ 参照 古い話で章〈13〉~~~( 読んでも、読まなくても!)
 
 【その25】
・ジョージ先生 : 有名漫画家、1966年、23歳で売れっ子作家に。70年には27歳で、週刊連載6誌という逸話もある。現在は1誌に連載中。2013年現在、70歳。
・加川さん : 中学卒業後、職業を転々としながら漫画家アシスタントに成る。1969年にJ先生に師事。1978年に少年キングで連載を得て独立。1984年別冊漫画ゴラク連載。
・ウイタさん : 1969年当時、17歳、横浜出身、高校を中退、転職、新宿放浪をしながら秋山プロへ入る。
・K君 : 1969年当時、16歳、神戸出身、中学を出て東京で就職後、秋山プロへ入る。
・〇森プロ : 昭和漫画界の大御所、〇森先生の仕事場、桜台のプール付豪邸。1967~8年当時は、名作「〇魔大戦」を制作していました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 

 
 
 ⇩⇩ イエス小池、チェンマイ楽隠居の現実‥‥ マガジン・シリーズ!

    ⇧⇧ 全部、無料です!

 
 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!

yes 年金生活者にとって、とても嬉しいご支援! 感謝申し上げます!