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「50代の山登り」 焦りが、山を危険にする

5月下旬、九州の日本百名山・祖母山と阿蘇山にツアーで行ってきた。

特に百名山にこだわっていたわけではないけど、九州は残すところ2座。そう思うと、制覇しておきたい気持ちがあった。

友達とは予定が合わず、最初は一人で行くつもりだった。でも、フェリーの時間を気にしながらの山行、慣れない土地での長時間運転。考えているうちに、体力的にも気持ち的にも重さを感じてきた。旅行会社を検索するとちょうどいいツアーが見つかり、参加を決めた。

今回の参加者は、皆さん若い頃から山に親しんでいて、「単独では不安だから」とツアーを選んだ方が多い印象だった。

祖母山の下山中、国観峠で一団に出会った。何かの訓練だろうか、と声をかけると、「いえ、捜索中です」との返事。真剣な表情と、その場に漂う緊迫感が忘れられない。

後で調べると、数日前に49歳の女性が単独入山し、「車の鍵をなくした」と連絡してきたのを最後に、消息が途絶えているとのことだった。


その話を聞いて、自分の過去がよみがえった。

登山を始めたばかりの頃、地図アプリを使っていなかった時期に、近所の里山で道がわからなくなった。焦って足早になり、転倒して膝を強打。険しい道でもないのに、ズボンは大きく破けた。

友人と鈴鹿山脈の御池岳に登ったときも、地図アプリを入れてはいたものの確認を怠り、気づけば違うルートを延々と下山していた。「少しでも短い距離で」と焦って道なき道を戻り、危ない思いをした。

焦ると冷静さを失い、想像もしない行動をとってしまう。

消息を絶った方も、小さなトラブルをきっかけに、制御できない状況に追い込まれていったのではないか、そう想像せずにはいられなかった。

達成感に背中を押されて、ハードな岩場を目指したこともあった。ところがちょうどその時期、何気ない動作で自宅でぎっくり腰になった。それ以来「岩場でぎっくり腰になったら」という不安が消えず、岩場登山は、自分のリストから消した。

そして現在、「まだいける」と「もうやめとけ」の境界線が、少しずつ見えにくくなっている気がする。

山は逃げない。でも、自分の体力と判断力のほうが、ゆっくりと先に逃げていくかもしれない。そう気づいた今、じつは一番危ない時期なのかもしれない。

今回の山行で改めて思ったのは、山での安全は技術や体力だけでは守れない、ということ。

焦っていないか。体は正直に言っているか。
山に入るたびに、自分に問いかけようと思っている。




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