菅原道真出生伝説の地✨菅山寺へ行ってきました。
雨降りでしたが、滋賀県長浜市の近江天満宮菅山寺から田上山砦を縦走してきました。
近江天満宮菅山寺は菅原道真出生伝説の残るお寺とされます。

Wikipediaなどでは菅原道真は菅原是善とその夫人・伴氏の三男として生まれた、とありますが、幼少期についての信頼できる資料はないとのこと。
まぁ、一般的には普通に菅原家の子供という認識なんだと思います。
近江天満宮菅山寺のパンフレットによるとかなりwikiさんとは違っています😅↓
もともとこのお寺は764年に孝謙天皇の名により照檀上人により建立され、龍頭山大箕寺と称していていました。
この寺の西方眼下の余呉湖に近い川並村に桐畠の大夫是清の子として、陰陽丸が誕生します。この子が後の菅原道真。
陰陽丸は極めて非凡であり、菅山寺の阿闍梨に入門し、道真の名を賜わります。
その頃都。
後継に頭を悩ませていた菅原是清は、ある夜近江の天才童子の存在の霊告を受けます。
そして、道真を養子に貰い受けることとなります。
都へ登った道真は当時最高の官吏任用試験に合格し、少壮官吏として登用されたとのことです。
889年、道真はここ大箕寺に参詣され、宇多天皇の勅許を得て寺を中興させ、菅山寺としたそうです。
山門の大木は菅公のお手植えとされるケヤキです。(一本は近年折れてしまっているけれど)
🌸🌸🌸
道真公、出世はされたけれど、その後が不幸だから、こういう不思議な出生伝説がついたのかもしれないな。
菅原道真公は太宰府左遷前は、右大臣でしたから、太宰府はもちろん要衝ではあるけれど、都落ちですよね‥💦
菅原道真の太宰府での役職名は太宰員外帥。権帥とは違う。
トップとは名ばかりの、実務に関わることもできなかったそうで、左遷よりもひどい、閑職といえたと思います💦
だからこそ日本三大怨霊と言われる存在になってしまい、畏怖の対象からの‥神様になったんでしょうね。

1275年に中国から一切経7000巻を持ち帰り、保管されてありましたが、家康が50万石と引き換えに入手し、芝増上寺に寄進したとのことです。
道真伝説はともかく、それくらい格のあるお寺だったみたい。

明治後期からは全くの無住寺院となり、建物は朽ちています。宝物などは麓の弘善館に保管されているそうですが、どの建物も今にも倒壊しそうです。
さて、巻き戻っちゃいますが、出発します!
余呉駅から乎彌神社にお参りして、菅山寺西麓の一の鳥居から一気に見返り峠まで登ります。

急坂ですけど、88体あるらしい弘法大師さんの像があって楽しいです。


弘法さん、見つけましたか?
見返り峠まで着きました。
賤ヶ岳砦や山本山城の城山も見えます☺️

ここから一気に東に降りて、菅山寺へ。
寺域前にはお城並みの堀切があります💦すごい!

菅山寺の森はめずらしく、異なる気候を代表する樹木のアカガシとブナが共存する珍しい森です。なので生態系が豊か。
ホントに美しい森で、苦しくなるほど胸が一杯💚💚
なんていうか‥精霊がいっぱい🧚🧚🧚だよ。







また樹齢が高い、大木が多種あり、荘厳さもある。
雨はシトシト降り続いているけれど、ホント木々が美しくて、素晴らしかったです。
道真出生伝説がどうでもよくなる、素晴らしさでした✨ごめんね。

さて、この後は急に戦国モードに切り替え、賤ヶ岳合戦羽柴秀長陣城の田上山砦へ激走しますが、それは、また別の記事で😅
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
