紀州鬼ヶ城へ行ってきました。前編
今回はなんとドライブ🚗
友達から誕生日前に
(プレゼント何欲しい?)と言われましたが、私はいつも欲しいものが特にないんですよね💦あまり物欲がないみたいです。
もう一人友達も加わって
(公共交通機関で行きにくい所に連れてって)もらうことに😅
そんなわけで、世界遺産鬼ヶ城とその上に鎮座する紀州鬼ヶ城へ行ってきました。

※後から調べたら、余裕で公共交通機関で行けそうだったのは内緒🤫
普段、電車で行くときは、予習したり、本を読んだり、車窓を楽しんでいるけれど、喋り倒すのも楽しいですね。
(道の駅・紀伊長島マンボウ)へ寄ります。
下調べしてた友達曰く、マンボウの串カツ?串焼きが食べれるらしい。
結局、冷凍してあるものしか売ってなかったのですが、マンボウ話で盛り上がる。

一人が語り出すマンボウ最弱の都市伝説⁉️😅
私も、一応は自然科学に携わっているので、そんな都市伝説は盛り過ぎな気がします💦
外洋の表層と深海を行き来しているそうなので水族館などで飼育するのが難しくて、そんな伝説ができたのかな。
わたしは道の駅で売れるほどのマンボウの漁獲量があることにビックリしました。
サメ肉も売っていました🦈
名古屋から2時間半、鬼ヶ城センターに着きます。もっとかかるかと思いました〜‼️

お腹が空いた友達二人が鬼ヶ城センターでゆっくり食事する間、わたしは山城の方の鬼ヶ城を攻めてきました。
この猛暑の中、登山➕山城散策をどうしても付き合わせれない😅
紀州鬼ヶ城👹👹👹

熊野地方に大きな勢力を誇った有馬氏が築いた城とされています。
室町時代の応永年間には、有馬和泉守忠永が尾鷲南部に至るまで支配していましたが、忠永の子である忠親には継嗣がなく、甥に家督を譲り、隠居城として鬼ヶ城を築いたとされます。眺望があり、熊野古道へも睨みを効かせれるし、隠居城と呼ぶには物々しいな、という感想です。
その後、有馬氏は新宮を本拠地とする堀内氏善に滅ぼされます。
鬼ヶ城は堀内氏の支配下で存続しますが、関ケ原合戦で堀内氏は九鬼嘉隆(東西に分かれた父の方)と共に西軍に与し、改易されてその歴史を終えました。
登城道には石垣が見られるけれど、いつの時代のものでしょうか。堀内氏時代か、後世の土留めかな。


ポジション的に鬼ヶ城センターや駐車場あたりは居館跡だったのかもしれないな。
お城は大きな郭が二つに段郭や帯郭が付いたシンプルなもの。堀切や竪堀も見れます。南の物見郭からの眺望は素晴らしく、ホント海賊気分です。

こっちが主郭だとわたしは思うけど。



この暑さで、当然誰も登っておらず、独り占め。




ホントはもっと先の熊野古道まで行きたいけれど、待たせているしな😅
あぁ、真っ青な海と空、ステキすぎて、連れてきてもらって感謝です✨

ダッシュで下山して、デザートを食べてる横で海鮮丼をいただきます。写真撮り忘れました😅
後編は世界遺産の鬼ヶ城へ行きます。
お読みいただき、ありがとうございます😊
