見出し画像

冷えた紅茶



午後四時、老舗喫茶店「白薔薇亭」で遅い昼食を取っていた探偵・芹沢真理は、不意に背筋が冷えるような違和感を覚えた。  
――カップの紅茶が、まだ湯気を上げているのに、味が冷たいのだ。  

テーブルの隣では、常連の婦人・神崎妙子が静かに本を読んでいる。店内には他に店主、そしてその息子の健太しかいない。時計は確かに四時を指している。窓の外には小雨。特に異常はない。  

だが、彼女は最近奇妙な噂を耳にしていた。  
「白薔薇亭の紅茶は、人の命を奪う。」  
三日前、近隣の画廊店主がこの店で突然倒れ、心臓発作で亡くなったという。

芹沢は軽くカップを揺らした。氷も入っていない紅茶が、なぜ冷えている?  
次の瞬間、視線の端に映ったのは神崎妙子の手元――小さな銀匙と、瓶入りの液体。瞬間冷却剤だ。

「奥様、その瓶…お菓子を冷やすためのものではありませんね?」
「ええ、実験のためよ。紅茶を一瞬で冷やすと香りが変わるの。」

その穏やかな声とは裏腹に、瓶のラベルに“メタノール”の文字が見えた。  
芹沢の脳裏を稲妻が走る。先日の死亡事件の死因は急性メタノール中毒ではないか、と報道されていた。

「…その実験、前にもなさったのでは?」  
婦人の瞳がわずかに揺れる。店内の空気が重く沈む。健太が青ざめる。

「あなた、どうしてそれを――」

「冷たい紅茶は、あなたの冷たい嘘と同じ味がします。」  
芹沢が告げた瞬間、店主が婦人の手の瓶を押さえた。蓋が外れ、床に少量の液体がこぼれる。刺激臭が立ちこめた。

婦人は観念したように微笑んだ。  
「彼、画廊主は夫よ。私の才能を盗んだの。だから、飲ませたの。」

外の雨音が強くなる。  
芹沢は冷えた紅茶を見つめながら、静かにカップを置いた。  

「復讐の味にしては、随分苦い紅茶だ。」

---

### **結末の余韻**
事件はすぐ警察に引き渡され、白薔薇亭の紅茶は数日で営業停止となった。だが芹沢はその夜、自宅で紅茶を淹れながら小さく呟いた。  

> 「冷たさは嘘を隠す仮面になる。けれど温もりは、真実を溶かす。」

いいなと思ったら応援しよう!