【奥義】12月に25℃の世界で、時間を引き伸ばす技術
窓を開け放つと、生ぬるい風が部屋の空気を押し出した。 12月という言葉の響きが、これほど似合わない場所も珍しい。カレンダーは嘘をついているんじゃないかと思う。
只今、午前11時。気温は25℃。 雲は多いが、冬の厳しさとは無縁のポカポカした陽気だ。
暦というやつは、僕のことなど綺麗さっぱりほったらかして、勝手に冬の定義を書き換えているらしい。 とりあえずコーヒーを淹れることにした。さすがに氷はもういらない。ミルクをたっぷりと入れた、ぬるいコーヒー。今の気温には、このどっちつかずの温度が丁度いい。
昼を過ぎても、気温は上がらず、下がりもしない。 あまりにすることがないので、海へ向かうことにした。 「海に行きたい」というよりは、「体を海風で冷やそうか」くらいのテンションで。
手には釣り竿を持った。狙うはイカだ。 しかし、潮見表も見ずに来たため、海は引く潮のタイミングだった。 釣り人の姿はない。見えるのは、健康のためなのか、堤防沿いをひたすらに何周も歩き回るご老人方と、それをあくび混じりに見送る猫だけ。
竿を振る。反応はない。当然だ。釣れる気配など微塵もない。 だが、これでいい。
僕はここで、ある種の「実験」をしている。 この島で暮らすうちに、僕は特殊能力を身につけた。 「時間の流れを、極限まで緩やかにする方法」だ。
レシピは驚くほどシンプルだ。 まず、徹底的に「暇」であること。予定を入れてはいけない。 次に、一日の大半を自然の中で消費すること。 そして最も重要なのが、「本気にならないこと」だ。
成果を求めた瞬間、時間は「効率」という名の加速装置に乗って過ぎ去ってしまう。 だから僕は、釣れない竿を握りしめ、ただ海を見る。魚を得ようという邪念を捨てる。 そうすることで、僕は今日、膨大な「永遠のような午後」を手に入れたはずだった。
雨雲が見えたので、逃げるように帰宅した。 時計を見る。まだ、15時だった。
成功だ。体感では夕方か夜だと思っていたが、まだおやつの時間にもなっていない。 今日という一日を、人の三倍くらい薄く引き伸ばして堪能したことになる。あまりに生産性のない、完璧な一日だ。
だが、ここで問題が起きた。 この「時間の流れを緩やかにする奥義」を、謎の使命感に駆られてnoteに書き残そうとしてしまったのだ 笑。
PCに向かい、今日の出来事を打ち込み始める。 集中する。言葉を選ぶ。行間を整える。
……ふと気づくと、さっきまであんなに緩慢に流れていた時間が、ものすごい勢いで加速し始めていた。 文章を書いている時間は、とんでもなく時間が経つのが早い。
せっかく海で呆けることで貯蓄した「ゆっくり過ぎる時間」を、noteというプラットフォームが瞬殺していく。 これはまるで、ダイエットのために走った直後にホールケーキを貪るようなものではないか。
書くことは、時間を殺す「悪」なのか。 それとも、時間を引き伸ばすあの怠惰こそが「善」だったのか。
結局、なにもわからない。 わかったことは、イカは釣れなかったが、時間は釣れた。そしてその釣った時間は、今こうしてキーボードを叩く指先から蒸発していったということだけだ。
まあ、どっちでもいいか。 外は雨が降っている気がする。
いいなと思ったら応援しよう!
読んで頂きありがとうございます!!
