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メジャー殺人事件

概要

創作大賞20245「ミステリー小説部門」「ファンタジー小説部門」応募作品(途中)。

本「創作大賞」専属作品。

日頃の感謝に代えて。色々と、一末端弱小零細クリエイター面を披露する必要も出てきたし「書けない訳ではないです」位には、なれた、かな。普通に1万字記事書いてきた中で「小説は書けない」評など、おかしな話ですが。

「あー、面倒くせー、面倒くせー、面倒くせー」「だりぃ―」「ぶっ殺すぞ!」「何処に好き好んで書く者がいるか!」で書いているものとご理解いただけましたら幸いです。

あらすじ

二人の大学生が指定暴力団光文会事務所を訪問した。二人は一本の柱に注目した。今、一本の柱に興味を持った大学生達の不思議な冒険が始まる。

本文

「はー、推理小説か」

「推理って何だ?」

「何を書きたい?」

「そうだな。殺人事件だが、殺しだけでは駄目なのだろう?」

「導入の、手段に過ぎないからな。だから殺さずに、その入り口を開けられるならば、殺さずという手段もある」

「だけど殺しなのだろう?」

「メジャーだからな」

「嗚呼、もう、面倒だ。もういっそ『メジャー殺人事件』なんてどうだ?」

「俺の知った事か。というより、お前が良いのかよ?」

「考えるのも馬鹿々々しいわ」


 メジャーを買って来た。

「どこで買って来た?」

「どこだっていいだろう?」

「コンビニじゃねえよな」

「ある訳ねえだろう?」

痒い所に手が届くコンビニの手配は慎重だ。たとえばコルク抜きなどは、缶切りとの併用しかなく、酒屋を尋ねる方が早い位だ。

「ホームセンターか」

「俺がそんなところまで行くかよ」

「じゃあ、スーパー辺りか」

「そんなところでいいだろう?」

「で、メジャーで、どう殺すんだ?」

せいぜいが絞め殺す位しか用途が浮かばないが、メジャーでは強度が弱過ぎる。殺せない訳はないが、一人一つの使い捨ては必至だろう。

「時間あるか?」

夜も遅いとはいえ、遊びたい盛りの二人にとっては十分に「宵の時刻」だ。

「じゃあ、一っ走り行こうぜ」

「何処に?」

「俺について来いって」


「で、ここか」

「そうだ」

駅前だ。

「電車に乗るってか」

「そうだ」

「まさか、終点まで何て言わねえだろうな」

金額の問題に過ぎないとはいえ、払う金も時間もない。終電を乗り過ごす話となれば、事情は、全く異なってくる。

「安心しろ。23区内だ」

「で、何処に行くつもりだ?」

「何で聞いておく?」

数分刻みとはいえ、そこは東京だ。

「そうか」

「着いたが、どうするんだ?」

「だからさ。これを――」

メジャーをピー、と伸ばして建物の柱に貼り付けた。

「お、おい。そ、その建物は……!」

聞く耳持たず、メジャーを後ろへ回し込む。

「ふむ。一メートル少しか。随分太いな」

事実、人柱と、生け贄にされた犠牲者の死体が埋め込まれている、と言えば通ってしまいそうな見事な柱だ。

「基礎組みの際の支柱を再利用しているんだろうがな。おかしいよな、これ。構造的に」

「ん? どこら辺がおかしいのか?」

「推理しろよ、名探偵」

「いや、依頼じゃねえし」

彼を知るクラスメイトからは、その見事な推理力から「名探偵」と称されていた。一時は本気で私立探偵になろうと探偵事務所経営等を真剣に考えていたらしいが、浮気調査や日々のシノギ常套な所詮作り話と知り、早々に現実との妥協に切り替えた。

「分からねえか」

「分からねえよ。いや、正確には分かりたくもないと言うべきか」

その途端、彼の口元から一気に笑みが消えた。

「ん? どうした?」

「はー、白けたわ」

「は? 何だよ、それ」

答えるのも不愉快だとばかりに来た道の方へ振り向いた。

「宿題な」

「タダ働きどころか、名探偵に宿題与える気かよ。偉うなったものだな」

もちろん、双方の信頼関係が成せる冗談だ。

「メシは奢るよ」

「交通費もな」

「はいはい」

名探偵を接待費で雇えるなど安いものだ。

「ああ、それと……女も」

「風俗店にでも行っていろ」

決まったところで、その日は事実上の視察で終わり、柱を後にした。




翌日の、ほぼ同時刻。名探偵の下に電話が鳴った。依頼者からだ。

「はい」

「よう。答えは出たのか」

「さあな」

「答える気にはなれんか」

「ま、預かっただけ、一応は考えてみるよ。期待しないで待っていてくれ」

「そうか。じゃあ、よろしく」


「じゃあ、乗りすがら」

「ああ」


「で、答えは?」

「まず整理させてくれ。あれから俺は一人で行ってみた。そして気が付いた」

「何が?」

「これだ」

スマホを見せた。携帯カメラで撮影した入口が移っている。

「だから、そのどの部分?」

「色だ」

「何の色だ?」

「だから柱の色だ」

「何色だからおかしいのだ?」

「黒だ。そして円柱。建物と一致していない」

「ほう。それがどうしておかしいのだ?」

「支柱なら支柱と普通は同じにするだろう? 経費的にも安くなる。しかしこの建物の柱は違う。わざと円柱にして、円状の覆いで円柱にして、これを黒に彩色してある」

「そこから何が分かると?」

「金はなかったのだろうか。いや、ある。黒覆いで円柱に仕立て上げるだけの金を、たかだか柱如きに賭けられた、預けられた。しかし、建物自身で円柱を覆い、部屋の空間を広げるだけのスペースはなかった、確保出来なかったのか。そう、出来なかった。だからギリギリまで出さざるを得なかった。しかし、出す以上は見てくれに凝る必要が出てきた。それは――」

「来館者を圧し、柱にビビるものは門前払いするという目的があった。舐められてはいけなかったからだ」

「そうだ。舐められてはいけなかった。舐められてはいけないと言えば――」

いくら高貴なる上流の経営者や官僚と言っても政治の穏便――左遷島流しや飼い殺し――で、決して物騒な真似には出ないものだ。

「暴力団!」

「そう。暴力団。極道と言えば聞こえば良いが、要するに反社組織だな」

「お、おい、そんな場所へ俺を連れて行った、って言うのかよ」

「これを観ろ」

動画のようだ。


「観たが」

反社組織の一覧が載った動画だ。

「とりあえず書いてはいないな」

「一部だって書いてあるじゃねえか!」

「ならば実地調査だ。何処の反社組織か、俺達自身で確かめよう」

「もう警察相手の話だろう? お前一人でやれよ。最早不発弾撤去位の物騒な話で、俺としては自衛隊の出動でもいい位だ」

「そうか。分かった」

「で、これの出番というわけだな」

相変わらずのメジャーだ。流石に買い替えてはいない。

「しかしこの柱は何だ?」

打って変わって


ぶら下がっていたハチの巣が棒で突かれた後の様に、早速若い衆が飛び出して来た。

「君達、何をしているんだ?」

言葉は鷹揚なものの答えは決まているかのような口ぶりだ。

「えーと、建物の寸法を測りたく――」

苦し紛れの言い訳をするが通じる筈がない。

「おい」

「は」

若い衆が腕を上げる。

遅れて数人の屈強な背広組に囲まれた一人が現れた。

「へー、興味あるんだ。良い所に目をつけたな」

「は、感無量であります」

二人は詫びを兼ねて必死に頭を垂れた。

「ちょうどいい。思い出作りにこの黒柱の意味、教えてやるよ」

知りたくないです、の声は、若い衆に伝えた男の指令にかき消された。

「……」

二人は事態を悟った。男は黙って腕を振り下ろした。


 数分後、二体の肉塊が血溜まりの上に転がっていた。

「捨てておけ」

「は」


「――本部事務所に設置された機関砲で市民を殺害したとして、警察は、東京都文京区音羽に本部を置く指定暴力団光文会を家宅捜索、ならびに、事件の指揮的立場にあった若頭、鈴木二人容疑者他、事件に直接関与したと思われる組員を、逮捕しました。警察は、捜査に支障が出るとして、詳しい事情を明らかにしていません」。


翌日。普段は閑静な一角が騒然となった。何十人もの機動隊員が盾を翳して入口を塞ぐ中、屈強な男達が続々と同建物に続々と入っていく。

その中で二人組がいた。ベテランの警部とアシスタントとは名ばかりの新入りの巡査だ。

「どうだ? 慣れたか? 音羽は」

「多少は。しかし、捜査の上で、多くを占めるのは大塚という区域みたいですね」

「で、音羽に対する大塚とやらの印象は?」

「とても恥じ入るものですが…」

「気にするな。言ってみろ」

「そこから離れた先にみょうだににという地域があり、更にその奥にはいしかわとかいう地域があるのですが…」

「それがどうした?」

「昔読んでいた少女漫画を思い出した位ですか。え? と思いましたよ」

「少女漫画? ま、今は多様化社会とはいえ…」

「家系ですよ家系。家族環境」

「そりゃそうだ。ま、お前自身が今流行りの中性であろうが戦力になるなら俺は構わんぞ」

「で、その少女漫画ですが…苗字が小石川というヒロインと、その親友の下の名がめいとかいうらしいです。いや、まさか、ね。ここ、大塚、いや小石川辺りにゆかりが…いや、まさか、と思いましたよ。大体、こんなところ、誰が来ます? 唯でさえ暴力団がシマとしている一帯を」

「そうだな。偶然だろう?」

「そうですね」

「ま、引っ掛かりがある事は良い事だ。捜査もいくらか肩の力を下ろして臨めるだろう」

警部が下調べさせたのは、この地域一帯への親しみ付けが何よりもの目的だった。

「ありがとうございます」

「さて本題だ。音羽を隔てた一帯は大塚という地域があるそうだな。何と豊島区にも及ぶそうだ。大塚の事について何か調べてきたか」

「一説によると一帯は大名屋敷だったようです。大塚は、読んで字の如く、文字通り大きな塚があった事が由来だそうです」

「では『塚』とは何だ? 何々塚とは良く言うものだが…」

「そのもの自体は『盛り上げた物』程度ですが…そこから転じて文字通りの盛り土から、古墳や墓といった、意図して盛り上げて形成された構造物の意味があるらしいです」

「なるほど、何々塚を墓場、いや墓標とは言うものだ。例えば『鎧塚』とかは、転じて武器庫のようなものか」

「そうですね。積み上げただけで塚になる訳ですから。その鎧ですから、盛り土自身によるトーチカと言った『鎧』や『塚』とする事も出来ますが、『鎧』は、ここでは、身に纏う防具としての鎧、『塚』とは、これを収納する倉庫としましょう。鎧を収納する倉庫――即ち武器庫と結ぶのが筋というものだと思いますが如何でしょうか」

「なるほど。良い考えだ。では、例えば『手塚』などは、どういう意味だ? 手を収める倉庫なのだから、やはり手の墓場となる訳か」

「そこは『手で塚を作った』でしょう! 手の墓場など、見れた物でない所か、お祓いモノですよ!」

「そりゃそうだな。失礼」

「逆に言えば耳塚とかなら、ありな訳だな。武家時代、実際に耳を献上した話があるそうだから」

「そうですね。耳を持ってくる方は戦利品の意がありましたから、そちらは耳の墓場で間違いはないでしょう」

「貝塚などは?」

「昔のゴミ箱から、まさかとは思いますが…貝の死を憐れんだ一部傾奇者が、やはり墓場として食後鎮めていたとか、まさかとは思いますが…」

「分からんぞ。憶測は危険だ」

「はい」

「だからと言って、憶測を立てる事さえ恐れてはならんぞ」

「はい」

「では、もう一つ聞く。大塚以上にもう一つ頭に入れておくべき事がある。護国寺とは何だ? 寺とは分かっている。何の寺だ?」

「寺ですから仏教ですね。真言宗の寺みたいです」

「真言宗?」

「開祖は空海です」

「なるほど」

日本史に名を連ねる人物以上に興味は持てないようだ。

「さて、護国寺に戻りますが、明治以前の由緒正しき寺だそうです」

「そうか」

「どうしました?」

警部の顔が感慨深そうだったので思わず訪ねていた。

警部は深呼吸一つして続けた。

「かつて俺が若い頃起きた、ある抗争事件でな。だいしょうりゅうせいとかいうヤクザが殺された。事務所に家宅捜索に入ったが、出入口に護国寺の暖簾が掛かっていた。ヤクザも神頼みらしいな。いや、神棚もあったから、神仏御構い無しというべきか、と思ったモンだ」

「それから、ふと思うところあって、帰るついでにな。元組員の男が顧問アドバイサーやっているのを思い出してな。試しに聞いてみたんだ。『なんで捕まるの分かっていてわざわざ殺しに行くんだい?』って。初めは『心理学とかで学ぶんじゃねの?』と訝しられたが『本人から、生の声が聞きたい』と下がって見せたら答えてくれたんだ――」


「神頼みというよりも、神から力を授かり、忠臣に与えるのです。ですから、むしろ、任侠の源泉と呼んでも良い尊い存在です」

「まるで僧兵みたいだな。神仏を建前とする辺りが。そういえば、ちょうど、互いに世捨て人だし」

「違います。任侠は世を捨てていません。捨てたのは日常カタギです。ヤクザは、世俗に生きている世捨て人です」

「社会に生きている世捨て人だから、要するに反社と呼ぶ訳だな」

「違います。社会に生き、悪を成敗するのだから、任侠と呼びます」

「法に相容れぬ任侠だから、反社だな」

「違います。法を超越する任侠です」

「だから、最後は法に則って――」

「そうですね。国に奉仕するのです」

「懲役、という、奉仕で、な」

「はい」

「それでも仁義を貫徹するのが、任侠とやらか」

「はい」

「止める手立てはないのか」

「そこで前述の僧兵の件に戻る訳ですよ。宗教ですから。法に背き、そして従うのです」

「なるほどな」


「もちろん納得した訳じゃねえぞ」




他愛ない雑談を続けていると署員が段ボール箱を抱えて出て来た。目前の大男が背を反らして段ボール箱を抱える署員に噛み付く。

「無駄だと思いますけどねぇー。そもそも本部事務所は聖地なんですから。そこでチャカぶっ放して、自ら死体を作る組員なんて、組なんて、ありませんよ」

総本部長の田中がニタニタと下卑た笑みを浮かべながら証拠物件を漁る署員達を野次る。思えばこの田中自身が鈴木を生贄に逃げ延びた組員の一人だ。組全体の序列が現場元締めを上回るとは皮肉な話だ。

「お前の意見の話じゃない。我々司法機関が決める話だ」

「はいはい」

相変わらずの慇懃無礼さで反らせた背を戻し、二人に向き直る。

「本当にないのだな」

「それは、もう。我々は、むしろ被害者なくらいです。文句は言えない立場ですから捜査には協力していますけど…」

指定暴力団という負い目への自覚はあるようだ。

粘っても始まらない事は分かっていた。何より現時点では未だ疑惑段階だ。犠牲者が、無駄に二人増える事になっても文句は言えない。

「帰るぞ。出直しだ」

「はい」


署では段ボール箱が次々に開いては中の証拠品が各自に回されていく。

しかし何れも芳しい結果は得られなかった。田中の言う通り、拳銃はおろか、衣服一つ残っていない。

「こんな中で、どうして光文会の犯行だと分かったんですか?」

「銃痕を確認した所、光文会の犯行と断定出来たのさ。詳しい事情は不明だが、歴代の犯行から、この銃撃が光文会の犯行だって事だけは断定出来ている。今回の犯行も、その前例に倣って、とりあえず若頭はアウト、という寸法だ」

「あ、アウトって――」

それ位、法として成敗出来る時代になったとはいえ、流石の飛躍に、まだ若い彼はついていけなかった。

「そうだろう? しかし――」

「『証拠がない』?」

「そうだ。で、お前の方はどうだ?」

「駄目ですね。PCから業務用の手帳、ホワイトボード、シュレッダー裁断の紙まで、原紙復元の上精査してみたのですが……」

「そうか」

思いの外、応対した警部は冷静だった。

「という事は計画的犯行ではないという事だな」

もちろん「殺人」という事実以上の刑事事件論拠に変わりはない。

「衝動殺人ですか。では、どのような経緯で彼らを犯行に及ばせたのでしょうか」

「恐らくは向こうから喧嘩売ったんだろうな。そして相手が悪かった――」

もちろん「殺人」の実力行使に出ては全てが暗転・優先する。彼ら、あるいはその協力者たる殺人犯の逮捕に変わりはない。

「よくある話ですね」

「そうだ。今のところはな」

「今の所って……?」

「最後まで気を抜くな、という事だ」

若手が言葉を呑んでいる間に警部が次の指令を出す。

「証人への聞き取り調査だ。急げ!」

唯でさえナマモノを取り扱う話だ。


「止めておけ、って言ったんですよ。それなのにあいつったら……」

事前に連絡しておいた事もあり少年は現れた。残念そうな素振りだが、不思議とそれ以上の感情を彼から窺い知る事は出来ない。

「やけに冷静だな」

もちろんそこには『お前がやったのだろう?』という含みを含ませた物言いだ。

「しょうがないでしょう。自業自得の話ですから。今更『死んで来い』なんて言いませんが仕方のない事です」

「その時何処にいた?」

アリバイ確認だ。少年の顔が苦難に歪む。

「どうした。言えないか」

「……事務所の監視カメラの映像でも確認してください。押収しているでしょう? そんな『証拠』が抑えられている中で言いたくないですね」

家宅捜査の経緯は彼の情報網でも捉えていたようだ。

「その時間を減らすことが出来る」

「口頭を信じるんですか?」

「そうではないが心象は良くなる。何より作業が捗る。疑わない訳ではないが、疑っている中で問題がないのと、疑わない中で問題がないのでは、雲泥の差がある」

「あなたの気分の問題なら興味ないですよ。勝手に疑ってください。仕事でしょう? 胃潰瘍になってでも見つけてください」

「そりゃそうだな。分かった」

人を思いやる気概はないようだ。もっとも、今は、そんな精神的余裕を、彼に求めるのは難儀というものだろう。逆に言えば彼はシロと言える。

手帳を閉じ、少年の期待するだろう「お巡りさん」へと戻る。

「何かあったら、またお伺いするかもしれません。その時は、どうぞよろしくお願いします」

「無駄だと思いますけどねぇー」

刑事の卵は見つけ難くても、反社の卵は見つけやすいものだな。俺はそうごちつつ、その場を後にした。


「さて、どうするか」

「考えていてもしょうがない。目撃者、いや、生存者は、あのザマだ。残るは……」

「はぁ、そうですね」

もとより分かっていた事だ。


「さっさと吐く気になれんか」

「早く刑務所に入って国へ無償奉仕したいですね」

見ての通りの返答だ。反省の色はなさそうだ。もっとも、捕まってからが出番位の気概がなければ若頭なんて重責は無理か。

「無期という手もあるぞ」

現に銃器をもったハチの巣殺人なのだから司法関係者に見識を問うまでもない。

「願ったりだ」

「二度と自慢の御殿には戻れなくなるぞ」

「無血開城に比べれば大した事じゃない。第一、俺自身、詰めていたんであって、住んでいた訳じゃない。住人、いや、家主という意味なら、下っ端の住み込みの奴らや責任者の総本部長の方が余程か住人だ」

「自宅にも帰られなくなるぞ」

「同上」

「なら上がらせてもらうぞ。はっきり言って鶴の一声なんだからな」

正確には事務手続きは存在するし事前通告も行う。いくらでも証拠物件は隠蔽出来る。しかしばれたら証拠隠滅だ。だから隠さない。微妙な釣り合いの中での信頼関係の下で捜査が成り立っている。皮肉な話だ。

「どうぞ。解けるものなら」

再度のガサ入れは決定的なものになった。

「お前の了承として入るぞ」

「どうぞ」


「こんなものが見つかったぞ。鑑識によると、やはり被害者の血痕だった」

メジャーを叩き付ける。

「首でも括ったのでしょう? 見上げたものです。住み込みの若い衆より余程才覚があったのに。惜しい限りだ」

「もっとも、才覚が有ろうとお前らの輪に入るとなると、話は別だろうがな」

「それはもう、私らの立場に立って組への良きご縁がございましたら、と言ったみたまでですよ」

「待て待て。だから、銃殺された筈だろうが。何で締め上げた話に飛躍するんだ?」

「楽にしてやったのでしょう。現に介錯という安楽死の歴史がございましょう?」

 打ち首という刑罰があった中、斬首が腹を切った相手への情けとは、思えば皮肉な話である。

「血が滲むほど締め上げたにしては、やけに体内から発見された弾数が多かったそうだな。ほぼ即死とも聞いている」

「そうですか」

司法解剖の結果、短時間に多数の銃弾を浴びた事が判明している。

「さて、不自然な箇所がある。ほぼ即死の筈なのに、何故か首を締め上げている。おかしいな。何故死体を首を絞める必要があったのだ? 無駄に証拠物件を残す事になる」

「ですから、名誉の死と若い衆が、せめてもの手向けを、情けを掛けてくれたと言っているじゃありませんか」

鈴木の口元に笑みが浮かぶ。やはりこいつは反社なのだな、と思い知る。

しばらくの内に再び若頭の顔を変えて厳かに続けた。

「死んだ、死んでいない、ではないのです。名誉の死が大事なのです。武士の情けというヤツですね。殊に肉塊とまで果てた中で名誉の死と昇華するのは実物を見た中で大変な勇気だとは思いませんか」

「その極道の常識を彼は承知していたのか」

「知りません」

いや、知っている。ほぼ即死の中で彼が判断出来た筈はない。

「ではお前らが、銃殺の上、名誉の死と、でっち上げたと認める訳だな?」

「ですから知りません、と、是も非も私には判断付きかねます、と言っています」

「お前の指揮ではないのか」

「露払い一つに、そんな足がつく真似はしませんよ」

「では、そもそもが名誉の死でなかった訳だ」

「そこを名誉の死と我々が讃えたのです」

「偽装工作だ。犯罪だ」

「はいはい」

「ほう。入る覚悟は出来ているか」

「凶器は?」

「ない」

鈴木が高笑いを上げた。遮るように俺は一段と声を上げた。

「だが銃弾はある。俺は彼の死を無駄にはしない」

「なるほど。まさにホシを捉えた訳ですね。楽しみです」


「何で現場にメジャーがあったんだ?」

「さあ」

「お前だったらどうする?」

「どうするって」

「鈴木は名誉の死をでっち上げたと証言した。不自然だとは思わないか」

「それは思いますが、でも彼が何を考えていたかはさっぱり」

「では現場に行ってみるしか答えは出てこないだろうな」

「そうでしょうね」


光文会の事務所。見事な作りだ。十階以上の階層。

正面からでは見えないが後部では皇居が臨めるらしい。良い身分だ。

「しかし見事な出来ですね。資金活動はどうなっているのでしょうか」

「さあな。いずれにせよ、余程バックがデカいのだろうな。装飾に金かけられる余裕があるなど、本部事務所という前提があるとはいえ、アパートやマンションの一室が組事務所何て二次、三次連中とは考えられない話だ」

数台の監視カメラで我々の行動は周知しているだろう。しかし。住み込みの連中が露払いと出て来る様子はない。鈴木の手配の賜物だろうか。

「それにしてもこの柱、凄いですね。何で六本もあるんですか?」

「暴力団事務所としてはありだよな」

「そうですね」

「創業に貢献した六人を記念して支えてもらっているとか」

「……正に人柱ですね。救いなのは誰かを埋め込んでいる訳ではなく、省庁としての柱か」

「そうですね。しかしメジャーとは」

「ん? なんでそこでメジャーが出て来るんだ?」

「警部。検診されてますか」

「そりゃな」

「じゃあ、胸囲とか、計った経験、ないですか?」

「そりゃ……ん? まさか…」

「そのまさかですよ。有り得ない訳ではないでしょう?」

「ううむ……」

胸囲を測るように、かれらもまた柱に惹かれ、計測したのだろう。しかし、それが何だというのか。

「直前に何をしていたのかは分かった。しかし、それで、何故彼らの悪ふざけが血痕が付くのに至ったのか」

もしそうならば、彼らは住居侵入を始めとした民事的な微罪で済んだのかもしれない。もちろん、刑事事に至った彼らが鈴木を抑える罪が正当防衛と無罪放免になることはない。不幸な話ではあるが彼の死には報いる必要がある。

鈴木の取り調べが無駄に終わった事は後は、現地調査に至った経緯に進むだけだ。

「しかし太いですね。一メートルはある――」

「そりゃこの高さの支柱なら当然だろう」

窓の数から十階以上、仮に十階、一階当たり二メートルとしても二〇メートルの高さだ。そこから更に、あの塔屋まで含めたら、二五メートル位はくだらないだろう。

「さて、調査だな」

「そうですね」

光沢と手触り具合から何かの石と知る。

「柱を石で囲うのかよ。すげえ金持ちなんだな」

「普通は一部として溶け込むものですよね」

しばかく手触りを味わうが格別気になった個所はない。

「どうだ?」

「駄目ですね。唯の石柱です」

「石で覆ったな」

「そりゃあ、そうですが」

もしも本当に芯まで石の石柱ならとんでもない事だ。

「極道にしてはおかしいですね」

「そうだな。ま、個別の思い入れを気にしてもしょうがない。今は物証の確保だ」

「それはそうですが……」

警部が下を向くとギョッとした表情を見せた後、突然屈みこんだ。

「お、何だこれ?」

警部が指した

「どうしました?」

見ると柱の一本に傷跡が残っている。

「妙だな」

「組事務所じゃ抗争の後か何かでは」

「では何時の抗争だ? 聞いた事があるか。柱に爪痕残した抗争が」

「……聞いた事がないですね」











「柱?」

警部は驚いた顔をした。

「そうだ、そうだ」


「所詮、城塞か」


メジャーが回収された。

「」


「市民が何者かに銃撃され重傷を負った事件で、警察は、指定暴力団光文会の組員藤野容疑者を逮捕しました。調べによりますと、藤野容疑者は『殺しが見たかった』などど供述し、容疑を認めている模様です」


「凶器は?」

「……」

「黙秘かい」

「まぁ、鈴木よりはマシだ」

「どうしますか。一つ――」

「俺達は警察だ!」

「冗談ですよ。警部が間違わないかどうかと」

「俺を試すなど十年早い」

「左様でございます」

「となると――」


「光弾会」

住み込みの電話番だろうか。しかし何とも武闘派な名前だと感心する。一息置いて一気に捲し立てる勢いで告げる。

「俺だ。光文会で殺人事件が起きた」

流石に腹の内を打ち明けられる兄弟仲ではないが、一線を置いての仲ではある。

「…令状をお願いします」

「違う違う。光文会の件で捜査に協力願いたい」

「……光文会の話です。知りません」

案の定だった。そもそもが光文会が引き起こした衝動殺人の話を一次団体の責任など出来ない。慎重に言葉を置くように一拍置くも、取り次ぐ事もなく電話番が続けた。断りまでワンセットなのだろうか。

「では聞く。お前らに関係のない話か」

「存じかねます」

「そうか。失礼した」

「……」

受話器が切れる。

「どうでした?」

「駄目に決まっているだろう?」

「それはそうですが……鈴木も駄目、不二三も駄目ときました。後は」

「徹底的に光文会を叩く。令状の準備だ!」

異例の特例が通達された。全フロア集中取り締まりにより総本部に全組員の立ち退き、拒めば現行犯逮捕される令が命じられた。唯でさえ若頭不在の中、立ち退く者は一人もなく、全員が拘置所送りとなった。

「そんなに簡単にいくものなのですね?」

「当たり前だ。泳がしているだけだ。突入など、いくらでも出来る。『正当な理由』を模索しているだけだ」

現に最強の組織は「桜田門組」だと、真しやかな噂――ブラックジョーク――で業界では知られている。いくら拳銃からロケット弾で武装しようが、その気になれば、人海戦術は無論、自衛隊までついてくる中、本部立て籠もりなど何の意味もない。米軍やその他友好国からの軍支援を経た超法規的措置なら、ミサイルや爆弾をもって、籠城の事務所もろとも一発終了の話だ。鉄板で覆ったくらいで「防弾」の認識なのだから、拳銃武装の、そもそもでこそが推して知るべしだ。

「何処に隠した」

「知りませんよ」

それ以上は不可能だ。

「どうします?」

「決まっている。破壊する」

資金繰りや解散で事務所を明け渡す必要になった場合、民間機関へ売却、あるいはそれさえもされずに解体処分される。組の所在地を知っている組員達の標的になるのを恐れる為だ。

だがそれも組員達の自主措置の話だ。腕ずくで破壊活動を行うのでは訳が違う。

「分かっている。鈴木だ、鈴木」

「あ、なるほど。しかし、上手くいきますかね」

「どうせ組員が組員だ」

「なるほど」

「……分かっていますね?」

流石に言葉に詰まりながらも、やはり他の組員達の安全を確保は、有利に動いたようだ。

「やれるものならやってみろ。お前たちには悲劇以上の悲劇が待っている。国の礎となれるのなら本望だ」

「ご勝手に」



そうげん組」

戦中、光弾会と光文会が新艦砲をもってシマ一帯を守り切るも、焦土と化し草一本生えない中で、千代田区の北西に接する新宿区飯田橋を、友好組織の梅組や冬畑組と共に守り抜いた老舗組織だ。今は正業なシノギに精を出し、静かに末端の任侠団体として生き抜く事を選んでいるそうだ。

「光文会で殺人事件が起きた」

「そうですか。残念な事です」

惚けるな、友好団体の分際で、という言葉を飲み込む。

「マシンガンのようなものでハチの巣にされたそうだ」

「それはご愁傷様です」

光文会の話だ。草原組には何の意味もない話だ。

「まさかとは思うが光文会に武器給与などは、してはいないよな?」

戦中、草原組は、膨大な戦闘機や戦車を所有し、国から恥を忍んで応援を要請されていた。しかし、今は一切を国に返上、それも米軍の接収騒ぎで処分され、裏取引で得た何倍もの豊富な資金を株取引に回し、その運営をもって余生を過ごしているらしい。

「任侠道からは足を洗いました」

「惚けるな!」

指定暴力団の使命など受ける訳がない。

「していないというよりも、しようがございません。ないのだから」

「だからどこに凶器を隠していると言っているんだ! 凶器を隠し持っているなら同じだと言っている!」

「刀を持った侍が廃刀令で取り上げられ、経営者として見返した記憶を、お忘れですか?」

事実、今日の日本を築いた中に元士族が存在する。代表的なのは、今や一万円札人物としても知られる渋沢栄一だ。生来の士族家系でなく農民から士族、そして経営者となった成り上がり者だが立派に士族の道を歩んでいる。

事実、草原組も武器を引き渡された組織の一つだ。

「我々草原組も同じです。今は真面目に働いています」

「真面目と言っても、シノギだろう?」

「その必要もない状態です」

「確かに。今は株取引という『正業』で凌いでいるんだったな?」

「今はその問題で来たのではないのでしょう?」

「……本当にないのだな」

「はい」

「よし。証拠は押さえているからな」

同意なしに記録が録られる事は先方も理解している。

「ご勝手に」

どこかで聞いた台詞を残して草原組との聴取は終わった。


「どうでした?」

警部は首を横に振る。

「どうします?」

「次は……光弾会だな」


「またですか」

「今回は武器給与の話だ」

「していませんよ」

「以前はしていただろうが! いや、お前らが親分格だろうが」

光弾会は光文会の二次団体である。つまりは幹部に光文会が含まれるという事だ。

「担当が不在です」

「呼び戻せ」

「先方の都合がございます」

「知るか」

「知りませんよ」

「取引を絶って何が悪い」

「その分賠償してくれるという事ですか。家族が路頭に迷ったらどうしてくれるのです? いや、どう説明するつもりですか?」

「案ずるな。金などいらん。ムショでタダ飯が待っているぞ。ん?」

警部の体を一筋の閃光が覆った。

出席のなかった警部を節に思いながらも増員を用意する。

黒焦げになった死体が転がっていた。

警部は応援を呼ぶ事にした。


やはり死体は警部のものだった。

本部前に転がっていた大学生、本部内で黒炭と果てて転がっていた警部。これで一連の犠牲者は二名になった。早速、追加の予算が組まれ、徴集がかかり、次の警部が光文会の捜査にあたる事になった。

「警察官の一人が光文会で殺されたようだ」

感情を押し殺した声で答える。今は敵討ちをしている場合ではない。

「そうですか」

「犯人について心当たりはないか」

「知りませんよ」

突然組員の一人が高笑いを始めた。組員の方を向く。

「何が可笑しい」

組員はピタリと笑い声を止め、自棄を浮かべた表情で答えた。

「いや、俺らって、こんなんなんだな、防戦一方なんだなって…」

「当たり前だ。潰す事など、いつでも出来る。いや、従うか、潰されるか、二択の、一方あるのみだ、と言えば正確だろう。『正当な理由』のこじ付けに必死なだけだ。それも法の成立や条文解釈で、いくらでも、こじつけられる、な」

「さて答える気はないか。答える義務はないが、それだけ疑惑を膨らませていき、無駄に不利になっていくばかりだぞ」

「ですから、知りませんって」

陣頭指揮を執る事になったらしい若頭補佐が本題に引き戻す。

「監視カメラがあるだろうが」

「事務所内にはありません。そういうものです」

正確には万一の占領時に備えて外部から内部の情報を探る細工がしてある。が、活躍の機会は少ない。そもそも、突入など大昔の話で、せいぜいがトラックをバック突進させてぶつける、その昔、市民の巻き添えもお構い無しだった、堂々の抗争劇に比べれば、今では嫌がらせ程度が関の山だ。もちろん足を捨てて直接の実行犯が警察や市民カタギの追手から逃げ切れる筈もなく、迷惑には代えられないと即時出頭が慣例となりつつある。

「突入されたらどうするのだ」

「外のカメラで十分です。入ってくる以上は必ず写っていなければならない」

事実、抗争一つ起きた事がなく事実上のカタログスペックとなっている。

「他から入って来られたらどうする?」

「例えば?」

「あさま山荘事件のように壁を破壊して入ってくるとか」

「それまでにカタがついているものです」

確かに。捨て身だったからこそできた所業だ。

「拳で鉄板を叩き割るのですか? 我々でも不可能です」

玄関のドアには鉄板が仕込まれている。暴力団事務所の特徴だ。ダンプやトラックといった大型車両による突撃からの防御以上に侵入経路を絞らせる意図もあるのだろう。たとえライフルなど貫通力ある銃で撃たれたとしても非常事態時の時間稼ぎとして十分だ。

「では調べるぞ」

「ご勝手に」


今回は複数人での参加となった。誰かが残れば良いのである。証拠を携えて。

命の危険を顧みて離脱者が出るかと思いきや、むしろ志願者が現れる程だった。もちろん、前回の警部の殉職で新たに配属された今回の警部も、上層部の再三の慰留を辞退した一人だ。建前は敵討ちとの事らしいが「殉職」が話題になった刑事ドラマに感化された本人と知れたら、上層部が、どう思うかと、彼を知る同僚は当時、キリキリ舞いの思いだったと言う。

「警部」

「ん?」

「これ見てください」

部下が壁を指す。

「なんだ、煤けているな。それがどうした?」

「火事でもあったのでしょうか」

「知るか」

「そういえば確か警部は焼死体で発見されたのですよね?」

部下は意図を伝えた。

「少なくとも室内で火が上がったのは確かなようだな。だがそれがどうした。火元が、火種が見つからなければ意味がない」

火は消し止められており焼死体運搬の救急車のみで、消防を手配する必要はなかった。延焼の懸念は消えたが、代わりに捜査は、証拠隠滅も併せた難儀な捜査となった。

「同じだ」

「どうした?」

「弾を撃った後と」

「どんな?」

「撃った後、煤けるでしょう? 同じ論理です」

「まさかこの部屋自体が銃口だとでもいうのか? バカバカしい」

「その可能性も一理あるという事です。私もそこまで信じていません」

「証拠を集めろ」

「分かりました。では壁一面を拝借願えないでしょうか」

「鑑定させるのだな」

「そうです」

「サンプルだ。採取程度にしろよ」

「分かっています」

早速重機部隊が急行し、壁が剥がされた。

「警部。やはり壁面に銃弾のような痕跡がありました。やはりあの部屋一帯が銃口のような作りとなっている模様です」

報告には数日を要したが待っていた甲斐があるものだった。

「なるほど。では警部は部屋に入った途端に即死となった訳だ」

「残念ながら」

「でも、ま、これで皮肉も二件目の方が先になった。続いて一件目だな」

落ち込む部下の尻を警部が叩く。

「そうですね。遺体も安らかなものだったそうですし、事件解決には代えられません」

鑑識によると、遺体の様子から、彼が光文会に入った瞬間、部屋中に熱波が生き渡り、その時点で即死だったようだ。

「これはどうなっている?」

「進展はありません」

事務所前だっただけに、記録に残しながらも早々と通行規制は解除されていた。今は事件前と変わらない姿を見せている。

「また本件も同じような荒唐無稽が――」

「決めつけは良くないぞ」

「それは分かっていますが」

「気晴らしに光弾会も見てみるか」

「気晴らしですか」


「ご勝手に」

あっさりと通った。

「おい、これ見ろ」

「え?」

「同じ建築家かな」

「それが何か?」

「同じという事は何かがあるはずだ」

「デザインが気に入られたのではないでしょうか。しかしデザインが同じというだけで何だと言うのです? 事件と何の関係があるのでしょうか」

「無理が利く訳だ」

「無理とは」

「共犯だ」

「まさか、それはないでしょう」

「表向きの稼業が不動産とか、よく聞く話じゃないか」

「と言われましてもね。先に証拠を固めていく方が」

「おう、そうだな。ん?」

「どうしました?」

「おっと、何をしていますかな?」

拳銃が握られていた。どうやら機密保持の為の処置らしい。

「やはりそういう事か。焼死体と一緒だな。焼死体は入り口だったが、今回は柱という事で問題はないようだ」

「人柱に興味はないですかな」

如何に銃を構えようと複数人相手には虚勢にして組に殉じる覚悟なのだろう。

「我々は事件解決を願っている。協力を願いたい」

「人柱の方向でご助力願えればと思います」

数人が軽傷を負うも無事された確保した。これで光文会に続き、一次団体の光弾会にも足がついた格好になった。事件は迷走を極める事になるのは必至の事態となった。

当然に取り調べで組員は黙秘を続けた。しかしヒントは聞き出せた。光弾会先である事、光文会は、親分直々の寵愛を受けての建設となった程度で、事件の成り立ちには一様に口を閉ざし続けた。

「昔なら拷問なのにな」

「そんな無茶な」

「冗談だよ。もしも、だ」

「で、どうするというのです?」

「決まっているだろう? 壁の次は柱だ」

「また大掛かりな捜査になりそうですね」

ふと影が覆った。周囲から悲鳴が上がった。見ると、二、三十メートルはありそうな巨大な砲塔が魔の前のある。

砲塔が光り輝くとともに辺り一帯が歪み始めた。

二人の対話が続くことはなかった。



これで一連の犠牲者は三名になった。早速、追加の予算が組まれ、徴集がかかり、次の警部が光文会の捜査にあたる事になった。

「警察官の一人が光文会で殺されたようだ」

感情を押し殺した声で答える。今は敵討ちをしている場合ではない。

「そうですか」

「犯人について心当たりはないか」

「知りませんよ」

突然組員の一人が高笑いを始めた。組員の方を向く。

「何が可笑しい」

組員は何とか止め警部に向き直った

「何人いるんだよ、お前ら」

組員の笑い声は止まらなかった。

「確か…二十六万前。東京だけで四万三千弱だった、かな、それがどうした」

組員は更に高笑いを上げた。

「何が可笑しい」

「二十六万って。自衛隊じゃねえか」

唯の「自衛官」が約二十四万七千人。これに予備役に相当する「予備自衛官」が約四万八千人を含める事で何とか人数の上での警察よりも面目を保ってる。しかし、正規単独同士では数の上では警察の方が上なのである。日本の反社会的勢力は、最大手でも単独では一万を割る。自衛隊の応援なくとも警察単独で十分なのだ。もしも一地域一反社組織に対し、全国から総動員の令が下りたなら、張り付き常駐からのお零れでも軽く百人、二百人は可能だろう。組事務所前に押し寄せられれば敗北は必至なのである。事前察知して待ち伏せなど何の意味もない。「反権力」などと言っていられる場合ではない。まして任侠道を建前とするヤクザ組織が、大将首を討ち取られてこそ最後の一人まで闘い切る選択は、ない。帰る場所と褒美が待っているからこその服役で、唯の個別信条など、任侠でこそ自己満足と呼ぶものだ。プロスポーツ界でこそ玉砕特攻を「バカ試合」とは呼んだものである。

「大丈夫か、こいつ」

「発作です。すぐに、やみます」

「そうか。では薬物検査で協力するぞ」

「その心配はございません。薬物はご法度と周知徹底しております」

「自分らで検査などは出来ないだろう? いや、ある方がおかしいよな」

薬物検査は普通、外部第三者機関が行うものだ。現にスポーツのドーピング検査は世界アンチ・ドーピング機構なる国際団体が存在する。組内で自発的に実施など、むしろ堂々の薬物取引を生業、並びに中毒者隠蔽を組織として認める形になり、警察としては薬物捜査と組事務所の家宅捜索、責任者たる組長の逮捕、の一大事である。

「組として処分します」

「どう処分するんだ? お前らの方で殺処分なら同じだぞ。いや、むしろ殺人執行で罪が重くなると言うべきか」

「もちろん、禊を終えさせた上で引き渡します。そうすれば処分に動くことはなくなる。問題ないでしょう」

「なるほど」


バーに入る。

「いらっしゃいませ」

相変わらずだ。放っておいてくれているとはいえ、余りに遅いと不安になる。しかし、声を上げるのも野暮だ。自然、挙手になる。

「はい」

マスターが近付いてきた

「余り呑めんのだが、何かおススメはあるだろうか」

「カクテルなどはいかがでしょうか」

「カクテルか。洒落たものも良いかもしれないな」

カクテルのメニューを出してきた。ジンやウォッカ割り等がある。

「どうしましょうか」

「フルーティーな奴がいいな」

「アマレットなどは、どうでしょうか」

「アマレット?」

「はい。アンを用いたリキュール、これを用いたカクテルになります」

「リキュールか。しかしアンズ? 何処かで聞いた気はするのだが…」

「中国の原産で、あんにん豆腐などに添える杏仁などで広く知られています。杏仁は、そのアンズの種子の核《さね》を取り出し、乾燥させたものになります。日本でよく見るものは、杏仁そのものではなくアーモンドエッセンスやバニラエッセンスになるそうです」

「なるほど。確かに乾燥したカラカラじゃなくて、よく見るのは赤色をしている別物よな」

「そうですね。アーモンドエッセンスと思われます」

「さて、トリビアはもういい。酒としては、どんな酒になるのだ?」

「アルコール度数では二八パーセントで、日本酒やワイン以上、ウィスキー以下です」

「が、薄めれば問題ありません。リキュールの甘味に」

濃厚な甘みの中に独特のアルコール臭を感じない。

「知り合いにはジュース感覚でゴクゴク飲んで急性アルコール中毒になった方もいる位ですからね。犯罪も…」

「ああ」

一時、リキュールを飲ませてお持ち帰り、いや、集団性暴行というのが話題になった事件があった。それでなくても酒の後のお持ち帰りは、今や酒事の、いや、フィクション作品の定番オチである。

「中々、美味しいな」



「あくまで伝承のようですが…」

「伝承?」

「その昔、ある老練な画家が教会へ依頼された。絵のモデルを探していた所、ある宿の主人をしていた若未亡人に決まったようだ。やがて二人は恋に落ち、お礼を贈りたいが出来なかった。仕方なく彼女は、ブランデーにアンを浸し、絵描きの彼に贈る事にしたのだそうです」

「待て待て」

「ん? どうしました?」

「ブランデーだ? 確かさっきリキュールって言ったよな? ブランデーとリキュールは随分違うものだぞ?」

ブランデーは、ワインと同じく葡萄酒だ。ワインとの違いは蒸留する点だ。

一方、リキュールは大きく違う。ブランデーと同じく蒸留酒だが、その蒸留酒にスピリッツという原酒の指定がある。

「ですから、あくまで伝承ですって。あるいは、商品化の際にリキュールに変えてみせたか」

「作り方は変えていない、と言ったよな?」

「ほとんで、ですよ。つまり、変えてはいるのです」

「なるほど。もう一つある」

「はい、何でしょう?」

「宿の若女将にして未亡人という事は、絵描きに対し、当然寝泊まりまで世話してくたのだろうな。なのに、何故、尚、未亡人の方が、絵描きにお礼を贈る程の負い目を持っていたのだ?」

「推測ですが…教会としての役に立てたのだから光栄という事でしょう。余程経営的に参っていて、店仕舞いどころか、若女将未亡人自身が兼自宅でこそ失い、居住地を追われて路頭に迷う恐れがあった」

「紛いにも経営者なんだから…言っちゃあ悪いが、娼館にでも変えては良かったのではないのか」

「教会の絵のモデルな位ですからね。流石に宗教的・道徳的良心が許さなかったのではないでしょうか。潔く散る方がマシだと。そもそもカトリック総本山バチカンが存在するイタリアの話ですし」

「そこをパトロン、いや、作品のモデルを求めている画家が現れた]

「はい。しかもモデルとして自身が映ろう場所は教会だと言う。さぞ若女将未亡人には、絵描きの彼が、メシアそのものや、その他天の使いにも見えたのではないでしょうか。現に彼は、その数年後、間もなく息を引き取った――」

「役目を終えたのだろう。彼女に会い、今生の品を受け取るという――」

「だと良いのですが…」


店を出て開口一番、警部は表情を変えた。

「ロマンチックなお酒のようだな。聞いた事がない。ところで、あのアマレットが、どうしたのだ?」

「流石警部。私がなぜアマレットを出したのかご理解いただけたようで」

「言ってみろ」

「はい。梅と同じで、毒性を持つようです。毒を仕込めば可能ではないかと」

「そうか……」

一拍。

「……で、どんな手口だ? どんな手口で、そのアマレットとやらで毒殺して見せたのだ?」

「そ、それは」

「殺人事件が成立させるには、どれ程の量を用意する必要がある?」

「……はい、無理です」

「そうだろう? 無理にこじ付けるな」

「はい。申し訳ございません」

「……まぁ、間違いありきの認識合わせという事としよう」

「ありがとうございます」


「アイスにシロップのように振りかけてみてください。美味しいですよ。アイスの甘さに溶け込んで不思議としないものです」

「…で、お持ち帰りと、な」

「警官を持ち帰って何になりますか」

「だから密室操作だ、と言っているんだ。犯行現場の操作か。よく知らんが」

「経験を酒に酔わせて犯行現場を操作? おかしいでしょう?」

「おかしい事をやるのが新本格とかいう密室殺人大好きな推理小説のジャンルだぞ?」

「そんなの、頭の中で犯罪を起こしている人の妄想です。本場の殺人事件で同じ考えで判断しないでください」

「では、お前はどう考えるのだ?」

「これを見てください」

光文会本部の図面だ。

「それがどうした」

「ほら、ここ」

空間になっている。

「真ん中が空間になっているな。吹き抜けか。いや、部屋か。いずれにせよ贅沢なものだな。講堂か、研修室か何かか」

「にしては広すぎるな。その広すぎる場所でいつ、どこで、誰が何を起こすというのだ?」

「そ、それは」

「どうです?」

「そうだな。」



「仕事を懲役としも、か」

「もちろんです」


「何故だ? …せめて理由を聞かせてくれないかな」

物証から割り出しは出来ても遂に彼ら内輪の揉め事は当事者を探るしか手立てはない。

「理由? 簡単な事だ。金が欲しかったからだ。その為に売り渡すものがあるなら、望み通りくれてやったまでだ」

「友人でもか?」

「そうだ」

唯一の希望は強盗殺人ではなかった点だろうか。もっとも光文会から拝借した横流しを、彼から失敬するには安過ぎた事が幸いだったのか。




こうして、当初証拠を拒絶していた彼が、やはり被害者を売り渡していた密告者にして主犯だった、という事で事件は決着した。予告通り彼は監守の隙を見計らって逃亡したが、その再度収監も、まもなくの話である事は、彼の身寄りの狭さが明らかにするものだったので後回しとされた。

しかし、関係者一同がお縄となった訳ではない。事実、直接の実行犯である光弾会・光文会は、何食わぬ顔で居座っている。新艦砲で大立ち回りしたものの、一転取り締まりの動機裏付けが取れた以上、この危険組織を,おいそれと、のさばらせておく訳にはいかない。

「逆に言えば、お次は光文会となる訳だ。分かるな」

「光弾会もでしょう?」

「そうだな」

「あんなの、どうすりゃいいんですか? はっきり言って多勢に無勢でしょう?」

いくら数で優っても光弾会の新艦砲の前には多勢に無勢もとい象の前の蟻だ。こちらも象に頼らねばならないが、とても路地裏に逃げ込んだ犯人一人二人を相手に小回りを要求されている警察では勝機はない。

「どうすればいいのですか」

「何、目には目を、だ。俺に名案がある」

早速嫌な予感がしてきた。


「せ、戦車!」

「どうした?」

「戦闘機です! ヘリコプターも!」

「何!?」

「どうした?」

組員は攻撃ヘリに囲まれている状況を説明した。

「そうか」

「どうしますか⁉」

予想外の落ち着きぶりに組員は聞き返さずにはいられなかった。

「だったら撃ち落とせばいい。真上に来れば我が土地への、いや、我が光文会への不法侵入だ」

空中権という、土地と共に、その土地の範囲内ならば、建物屋上最上部からの空中の空間でこそ土地所有者の領域にして権利と見なす概念が存在する。もっとも個別の法により制限を受け、そしてその制限は、頂上部から数百メートル未満という形で実質的な限界が存在する。

しかし、戦闘機と攻撃ヘリの大群に恐怖する組員達に、そのような考察の一時を見出す事は出来なかった。

「しかし、どうやって、また…」

「こうするんだよ」

ボタンを一つ押した。モニターに映っている光文会の屋上から次々に砲門が顔を出した。

続いてボタンを押す。屋上の砲門が一斉に斉射された。何百、何千もの弾丸が攻撃ヘリの群れを直撃する。まさか迎撃が来ると思っていなかっただろう攻撃ヘリは、反撃に出る事もなく次々と墜落していった。

「な? 簡単だろう? お前もやってみるか?」

「は」

感動と恐怖が組員の五感を貫通した。組員はボタンを押した。銃弾の音と共に攻撃ヘリが墜落していく様子がモニターに映っていた。

「どうだ? 簡単だろう?」

「は」

「損害賠償の準備でもしておけ。これは唯の不法侵入だ。いや、正当防衛とでも言うべきか。『恐怖に駆られて思わず撃ち落としてしまいました』」

「……」

「どうだ? 俺はよく知らんが、お偉い弁護士先生なら『心神喪失』やら『何たら法第何条』とか、何とかして無罪へ持ち込んでくれそうなものだろう?」

「は」

そもそもの発端からが、もとはと言えば不法侵入だった。市民相手に荒療治だったし許されない事ではあったが正当防衛の大儀は立てる事が出来た。

ある組員は携帯電話を取り出し、ある組員はPCに手を伸ばした。




一次団体の光弾会をも巻き込んだ騒ぎは、瞬く間に全世界に通達される騒ぎになった。中には、すわ、戦後のヒロシマか、などという論調まで踊り出す論争も展開された。一反社組織でしかない筈の任侠団体から信じられない兵器が出現した事に世界は震撼し、核保有国が核ミサイル発射で応える支援を願い出てきた。しかし、平和国家を標榜する日本政府は丁重に辞退した。

世界の支援要請はさておき、国内の組織は大混乱に陥るも、国の威信を賭けた捜査は、あっという間に警視庁他、他道府県警察の応援を要請する事態になった。一説によると自衛隊への要請も進んでいるという。光弾会と光文会には、日夜アパッチヘリが飛び交い、パトカーに変わり、道路舗装をも、もろともせず九〇式戦車や一〇式戦車が駆け付け、砲塔を向け、さながら籠城戦のような趣きとなっていた。防衛省に依頼を掛けたはずの区長は、防衛庁に賠償命令珍事が起きた。

光弾会・光文会もは、徹底抗戦を試みるも、一反社組織でしかない両組織・に、全世界の軍隊を相手にしてまでの武力も反社会的矜持もなく、数日で落城、即日開城する運びとなった。

柱の一角に穴が開けられた。柱はマシンガンになっており、普段は地に埋まっている形になっていたそうだ。





警視庁などは、まるで作らせたかのように、そのものずばりの桜田門駅が存在する。


全ての始まりとなった光文会は本部事務所を明け渡し、即日解体される事になった。解体に際し、徹底的な家宅捜索が行われた。捜査の中、高層部にも部屋があり捜索する事になった。

駆け付けた一同は部屋の一様に息を吞んだ。部屋には腐敗衆が立ち込め大量の使用済み注射器と腐乱死体が見つかった。判別不可能な惨状だったが辛うじてまとった衣服から女性と判別させた。また胎児と思わしき腐乱死体も確認された。どうやら日夜、最上階では地獄の宴が繰り広げられていたようだ。

部屋は完全防音。密閉空間になっており、戦中は、籠城の際の最後の指令室として作られたらしい。戦後は改修され、完全防音の収容所となっていた。

鑑識の結果、死亡推定時刻は明け渡す辺りと推定された。立ち退きに同行する事さえ許されず処分となったのだろう。自然死に任せるより、即死で応えさせたのは、せめてもの情けという事だろうか。

「惨いことを」

「言ってもしょうがない」

「それはそうですが…」

「気にしてもしょうがない」

彼の活躍のお陰だ。古いさがで、何か食べさせてやりたくなる。

「ところで、お前…見事だったな。上京の身と聞いていたが…」

「別に。元々、いつも通りでしたからですよ。それは、流石東京だけに、ほんのちょっとは違ってくるものがありますが…概ね数や規模の問題でしたよ」

「そんなモンか。普通、入口の東京駅でも十分、アウトな者はアウトだけどな」

「警備員や案内員にもなる次元で、地下の巨大迷路や全鉄道会社・全路線、一階の駅ナカや駅ソトの個別駅弁その他テナント一軒一軒を、空で熟知しているかと言えば、それは到底無理ですが…」

「その前提で聞いている。大体、そんなレベルの奴、いる訳ない。専属案内嬢ですらカンペ次元だろうが」

「それはそうですね」

「新幹線の。在来線とメトロの丸ノ内。これが分かれば、後は案内頼りに動けば、何とかなりますよ。遠回りの無駄道でこそあれ、辿り着けない、という事はないです。循環しているのですから、いや、そもそもが、余り広くないのですから、というのが正確でしょうか。むしろ今思えば『東京版駅乗換入門』な洗礼所な位です。今、ここで迷わなくて、何処で迷うのか、と」

確かに、東京駅で迷っても、まだ「東京に初めて来た郊外者が、感覚の差異に戸惑っている」で勝手が利くものだ。変に中途半端な駅だと、迂闊に駅員相手ですら聞き出せず、むしろ無駄に高難易度へ自分から上げてしまうものだ。

「渋谷駅は?」

「ハチ公前出口へは、何とか辿り着けました。八番出口まっしぐらで進むだけでしたから、簡単でしたね。確証はないですが、一説にはハチに掛けているとか。まさか気付かなかったですね」

確か、そこが変わったんだよな、ああ、変わったのは改札の、その位置か、ハチ公前広場自体は不変か、と思案に暮れていると、彼の二の声が遮ってきた。

「後、ホームが縦に連なる駅構造には前例がありましたね。銀座一丁目駅や新神戸駅で」

ん? 新神戸駅? 何で新幹線の駅の名が、と戸惑っている間に彼の言葉が続く。

「むしろ出てからですね、渋谷は。何処か…名所あります? 『109』位しか思いつかないな。他には。渋公こと渋谷公会堂と、NHK、サイバーエージェント、位かな。有名らしい『交差点』も、さて、何処だったのだろうか」

「だから、そこの、ハチ公前抜けた先の横断歩道群だよ!」

本当は、おーい、だからさっき言った臺將龍聖とかいうヤクザが殺された阿部組だって言っていただろう、渋谷は、という不満を堪えたものだった。

「ああ、ゴチャゴチャしてて、目的地へ行く為、振り切りと、思わず渡っちゃっていました。何か人が多いな、位は感じましたが、そんなゴミゴミは、いつも通りの事ですからね、東京は、外でも。電車など、マトモに身動き一つすらも取れない有様だ。それに比べれば、まだ隙間を見計らって進行方向へ進む位の隙間も、猶予も、ありましたよ。そこは唯の横断歩道でしたね」

「そうだろう? そんなモンだよ、例の『交差点』とやらもさ」

「はい」

「世の中には、その『交差点』での出会いを描いた創作物もあるらしいぜ。こんな狭い『交差点』で今生の相手と出会えるものか、いや、そもそもが、イチイチ相手見ていられるものか、と思わず突っ込んでしまったモンだぜ。その宣伝と『渋谷封鎖』とか、その創作物のユーザーや、一部賛成派の地元住民は良くても、俺達公僕は仕事と駆り出される訳で、良い迷惑だぜ」

歩行者天国は警察が交通整理している。

「そうですね。私自身、あくまで唯の横断歩道でしたし。私には、そもそもが向いていないのでしょうな、渋谷は」

「もちろん、個人のスポットとして、な」

「それはそうですよ。仕事ですから」

渋谷での暴動や、これに伴う動員を、私情で断る訳にはいかない。事実、ハロウィンやWワールドカップにおける渋谷は、最早悪い意味で警察動員事の名物と化している。ユーモアを利かせた巧みな誘導で民衆の支持を得た「DJポリス」などは記憶に新しい所だ。好意をもって迎えられたとはいえ、警察であった事に変わりはない。

「新宿駅は?」

俺もだよ、という思いをこらえて本題での回答を促す。

「乗り換え程度なら。渋谷駅と同じで、まだ西口も東口も軽く眺めただけで、全然区別付きませんけど…都庁程度でしょうか。伝説の新宿『アルタ』も閉館しましたし、今や紀伊国屋書店程度でしょうか」

「書店か。お前が欲しそうな本といえば…まぁ、推理小説辺りか」

「はい」

「その方が良い。何せ歌舞伎町に、因縁深い、かの『トー横』だ。非番時でこそ商売敵の根城ど真ん中に突っ込んでまで東宝に駆け込む映画狂でもない」

区内の飯田橋も、彼の草原組や梅組のシマだ。

「区役所は歌舞伎町内ですよ。一部でしょうに。悪評広めてどうするんですか。区長から法的措置受けますよ」

東端を国道305号、西端を在来線、南端を国道302号、北端をとする一帯だ。

「『お前らの尻ぬぐいしてるんだぞ! とっととそこの粗大ごみ、掃除しろ』と返せばいいだけだ」

これ以上肩持つとロクな事にならなさそうなので話題を変更する。確か映画の話題だった筈だ。歌舞伎町の、「粗大ごみ」の話題じゃなくて。

「バルト9など如何でしょうか。歌舞伎町外だし。何より映画に興味があるのならばぜひ行ってみてはいかがでしょうか」

「ん? 何故だ?」

「初演時には主演俳優らが揃って舞台挨拶を行うらしいですよ。あくまで一館で、そこでしか舞台挨拶はしない、出来ない訳はありませんが…」

「中身だな。主演俳優には興味ない。『主演顔負け』なんてクソ映画の前例があるからな。そういう形での売り出しがあるのは知っているし、駄目とは言わん。しかし、俺は嫌だ。だから、東宝だろうが、そのバルト9とやらだろうが俺には関係ない。まぁ、お前から紹介の手前、行ってみるには行ってみるが」

「そうですか」

「…面白い場所だよ。役所のすぐ隣りが、もう、かの繁華街『歌舞伎町』だ。金に困っているなら国家権力相手に薬物勧誘すりゃいいんだよ。ヤク中になった国家権力がミサイル撃って、組員皆殺しどころか金庫から地下シェルター、組事務所丸ごと壊滅だ」

新宿区には「市ヶ谷」で通ると言っても過言ではない防衛省庁舎が存在する地区だ。新宿区役所からの距離は、たったの三キロ以内。十分に営業などが外出として寄れる至近距離だ。

実に仕事以外では会いたくもない人物だ。

「よし、次だ。池袋駅は?」

無言の抗議をすると流石に話題を変えた。

「真ん中に在来線。そして大きく東西に分かれる――東京駅と似ていますよね? 区分けされている点が。駅を出てからの東西差異の様は、西新宿・東新宿の新宿駅ですが。西武や東武等、私鉄を含めれば、厳密な構成は、それは渋谷駅や新宿駅と肩を並べる複雑さですが、メトロに限定すれば僅か三路線です。それも三路線中、内二線は並行している――」

「そ、そうか。そんなモンか」

「そんなモンですよ。警部は迷ったのですか?」

「いや、お前がよく来れたな、て驚いているだけだ」

「またまたー、警部も警部でしょうに」

警部もまた上京の身である事は自主開催の飲み会で教わった。

「まぁ、慣れてんだな、と思ったのは事実だ」

「いえいえ。出身でも、住人でも何でもないですよ。それなりに住んでみて、学んで来ました、というだけの事です」

「そりゃそうだよな。確か出身は――」

「神戸です」

「神戸、か」

「東宝にして阪急百貨店の阪急電鉄と、阪神百貨店や阪神タイガースの阪神電鉄。そして神戸電鉄という、神戸独自の私鉄があり、この三路線が接続する一帯があるんです。地下鉄の駅として」

「なるほど。そこで地下乗り換えを予め予習してきた、出来た訳だ」

「今思えば、結果的に、ですけどね。全国区の撮り鉄、乗り鉄の方々の方が、よく知っていますよ」

「東京もな。しかし阪急阪神か。じゃあ、梅田も…」

「そうですね。阪急阪神、両方から行けます」

「そして…JRもか」

「同じく。名称は大阪駅ですし、駅舎も離れていますが、梅田駅と地下直結の形で接続していて、実質乗換駅扱いですね」

「そうか。正に巡り合わせだな」

「結果的に、ですけどね。後天的に、いくらでも埋められる、その気になれば誰にでも出来る事です」

「だから商売として鉄道会社の経営が成り立っている――どんな迷宮駅も、何時かは理解出来るようになる、と」

「そうですね。鉄オタにしか駅構造分からなくて正社員からバイトまでの通勤を任せられますか」

「任せて『出来て当たり前』と責任転嫁するものだけどな」

「一昔は、ね」

「そうと決まったら…飯でも食いに行くぞ」

「終わったばっかりなのに」

「俺の奢りだ」

「申し訳ないです」

「気分の問題だ。気にするな」

「そうじゃなくて、食べたいとは思いませんよ、色々と。深夜と後味悪かったのとで。大体、この夜半に何処で営業していますか?」

「ソバなどどうだ。夜鷹そばというだろう?」

「…その昔、本当にそんな値段でね」

最後の最後が、そんな締めにもあり、蕎麦の形態であった彼の意図に反して重く受けてしまったようだ。

「で、どうなんだ?」

「まぁ、そば位なら」

ふと疑問が過る。こんな時間に空いている店があるだろうか。

「ところで何処に蕎麦屋が」

「コンビニにあるだろう? 現代の夜鷹そばが。コンビニも」

「…結局、ね」

「…渋谷に深夜営業している蕎麦屋があるが…お前が言っていたハチ公前な。例の『交差点』を直進、左折し、文化村通りを歩いた先にあるメガドンキの後ろ辺りで、立地も良い所なんだが…まぁ、終電後だしな。すまんな」

渋谷駅の終電は、早い路線で二十三時台、遅くとも翌零時台だ。不夜の街も、最後は、終電までと深夜もしくは早朝まで、終身の居住者住民、と大きく様子が変わる。

「いえいえ」

護国寺駅から渋谷駅までは、距離にして約一三キロ。パトカーもとい自動車なら約三〇分前後だ。タクシーなら千円を超える高額だ。もし、ここで背を押してしまったら、逆に気を良くして本気で渋谷まで行きかねない。

「そういえば決め手はメジャーだったな。正に、メジャーなソバだ」

「お後がよろしいようで」

神戸高速線新開地駅、神戸電鉄路線プラットフォーム直前に立地する、今は無き立ち食いうどん・そば屋。そこで食べたうどんの太い麺。風の噂によると、別のテナントが入り、無事立ち食いうどん・蕎麦屋継続の体を維持しているようだ。かの夜鷹そば思いを噛み締めながら今一度食べてみよう。

そう思うと部下の方から自然と声が出ていた。警部は答えず足を踏み出した。


※一部シーンで登記図面を参考にしました。