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500年の時を超えて繋がる想い


皆さんお久しぶりです。ひろです🐼

最近皆さんの記事も見にいけず、すみません💦
それでも僕の記事を読みに来てくれて
本当にありがとうございます。

必ずまた皆さんのも読みに行きますね!

今回この記事を書いたのも、友人である
たかっちくんの「500note祭り」が
開催されているからです。


本当は別の記事の下書きがほぼ完成しているのですが、まだ投稿できずにいます。なので今回は、
こちらの記事を先に投稿することにしました

近日また投稿しますので、
読みに来てくれたら嬉しいです。

そして僕が500note祭りで書く事は
僕のルーツについて書こうと思います。

普段なら誰も知らないような話です。
でも僕にとっては、とても大切な話。

それは、500年以上もの間、先祖代々繋がれてきた、一体の仏像と、その想いについてです。

今から約500年前、永正8年(1511年)。

地域の人たちの平和や幸せを願い、
一体の仏像が祀られました。

その歴史の始まりは別の一族でしたが、
僕たちの先祖も古くから深く関わり、
その信仰を支え、守り続けてきました。

室町時代から戦国時代、江戸、明治、大正、昭和、
平成、そして令和。

時代がどれだけ変わっても、
先祖たちはその場所に込められた祈りを絶やすことなく、何世代にもわたって想いを繋いできました。

現在、1511年に祀られた仏像は、文化財として
歴史資料館で大切に保管されています。

ただ、ここで終わりではありませんでした。

この仏像の当主となる家には後を継ぐ人がおらず、仏像そのものは歴史資料館へ託されましたが、

「この仏像に込められた想いと意志だけは、これか      らも受け継いでほしい」

という願いが残されました。

私たちの先祖もこの仏像に深く関わっていたことから、その想いを父が受け継ぐことになりました。

仏像自体は新たなものへと変わりましたが、受け継いでいるのは仏像そのものではなく、500年以上続いてきた想いと意志です。

今は別の仏像を我が家で大切に祀り、
先祖たちが500年以上守り続けてきた祈りと想いを、父が今も変わらず繋いでいます。

姿や形は変わっても、そこに込められた願いや、
人を想う心は何ひとつ変わりません。

僕たちが本当に繋いできたのは、
一体の仏像ではなく、その場所に宿る祈りと、
先祖たちの想いなのだと思います。

正直、こういう目に見えないものの話は、読んでいる方にはなかなか伝わりにくいかもしれません。

実は、若い頃の僕自身もそうでした。

当時は「なぜ自分が受け継がなければいけないんだろう」と思っていて、この想いの本当の意味を理解できていませんでした。

「自分には関係ない。」

そんな気持ちもどこかにあり、
転勤のある仕事を選び、地元を離れました。

少しでも、その役目から距離を置きたい、
そんな気持ちがあったのだと思います。

でも、結婚し、子どもが生まれ、父親になったことで考え方が少しずつ変わっていきました。

県外で暮らしていたこともあり、
たまにしか会えない父が
少しずつ年老いていく姿を見て、
そして、息子が小学校へ入学するタイミングが近づいた頃、僕は大きな決断をしました。

「この想いを、ここで途切れさせたくはない。」

そう思ったのです。

子どもへ想いを繋ぐこと。

親から子へ、またその子へ。

家族が続いていくということは、
こういうことなんだと初めて心から感じました。

500年という歴史も、誰か特別な一人が守ってきた
わけではありません。

その時代その時代を生きたひとりひとりが、
自分にできることを積み重ね、
想いを繋いできたからこそ、今があります。

だから僕は地元へ戻ることを決めました。

今もその大切な役目は父が担っています。

僕はまだ、その隣で学ばせてもらっている
立場です。

もちろん、我が家はお寺ではありません。

代々それぞれに本業を持ちながら、この役目だけは先祖から大切に繋いできました。

僕自身も普段は別の仕事をしていますし、今取り組んでいる資格の勉強も、この役目とはまったく別のものです。

それでも、仕事とは違うところで「繋いでいく責任」があることを、今は誇りに思っています。

いつかその日が来たら、父から受け継ぐのは役目
だけではありません。

500年以上前から繋がれてきた祈りや、
人を敬い感謝する心を、
今度は僕が次の世代へ繋いでいきたいと
思っています。

500年という時間の中で考えれば、
僕の人生なんてほんの一瞬です。

それでも、その一瞬を大切に生きることが、
また次の100年、200年、そして500年先へと
繋がっていくのかもしれません。

1511年に祀られた仏像を
直接見ることはできません。
(※約500年前の貴重な文化財のため、保存状態を保つ目的で一般公開はされておらず、直接見ることはできません。)

それでも、その仏像に込められた先祖たちの祈りは、今も我が家で祀られている仏像とともに
生き続けています。

500年前のご先祖様は、500年後に僕がこうして文章を書いているなんて、きっと想像もしていなかったでしょう。

でも、想いはちゃんと繋がっていました。

今回、たかっちくんの「500note祭り」というきっかけがなければ、この話を言葉にすることはなかったかもしれません。

「500」という数字が結んでくれた不思議なご縁。

先祖が繋いできた「500年」という歴史と、この「500」という数字が重なったことに、
不思議なご縁と、何か運命のようなものを感じています。

これからは僕も、その想いを大切に繋いでいこう
と思います。

そして、いつかまた僕の背中を見て、
「自分も繋いでいきたい」と思ってくれる
親族が一人でもいてくれたら、
それ以上に嬉しいことはありません。

もちろん、それは誰かに強制するものでは
ありません。

繋ぐかどうかは、その人自身が決めること。
でも、500年前から続いてきたこの想いが、
これから先も誰かの心に受け継がれ、
また未来へと繋がっていく。

そんな未来が訪れたら、
とても幸せなことだと思っています。

僕もまた、ご先祖様から受け継いだこの想いを大切にしながら、一歩ずつ未来へ繋いでいこうと思います。


現地には、当時を物語る由来碑と案内板がひっそりと
佇んでいます。

身バレするんで、黒く汚く消してすみません💦🤣



​最後まで読んでいただき、ありがとうございました

#500note祭り

追記

ちなみに、我が家でお祀りしているのは、由緒ある仏様なんですよ😊

実は、父がこの役目を引き継ぐことになったのにも、不思議なご縁と流れがありました。 そのお話も、機会があればいつか書いてみたいと思っています。 ……その前に、興味がある人がいるのか!?🤣

1つ言えるのは、父親もこの仏像の存在すら知りませんでした。
きっかけは歴史資料館を見に行く機会があったからです。
そこから何かに導かれるように
話が流れはじめました。

これは僕が小学2年生の話。
約42年前の話になります😳

それではまた会いましょう*˙︶˙*)ノ"


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