草鞋を編む暮らし① 草鞋と山のあいだで
ものづくりや職人に、私はずっと憧れを抱いていたのかもしれない。
草鞋の編み方を大石賢斉(おおいしまさなり)先生から習って、かれこれ三年が経つ。
当初の私は、草鞋そのものに興味があったわけではない。当時の私の言葉でいえば、「まったくときめかない」ものだった。
けれど実際に自分で編んでみると、藁の甘い香りや手触りに心が和んだ。
履いてみると、足裏に伝わる感触は驚くほど柔らかく心地よい。
そして何より衝撃だったのは、目の前にいる人が自作の草鞋で山の中を走っているということだった。
私も体験してみたい。
今まで見たことのない景色が見えるかもしれない。
大石先生のように山を160kmも走り抜けることはできなくても、山を登るくらいなら私にもできるだろう。
そんな素朴な好奇心が、私を山へ向かわせた。
初めて草鞋を編んでから半年後の九月。私は富山県立山の雄山に登った。
とはいえ、このとき履いていたのは自作の草鞋ではない。大石先生からいただいた草鞋だった。
他人の褌(ふんどし)で相撲を取るようなものだと言われれば、その通りかもしれない。
けれど今振り返ると、まずは先生の草鞋で歩いてみて良かったと思っている。
その草鞋は驚くほど丈夫だった。
ごつごつした岩場を登るときも下るときも、不思議な安心感がある。
雨に降られても足元は滑りにくい。
草鞋は頼りない履物ではないのだ。
頑丈で信頼できる履物なのだと、身をもって知った。
一方で、私には登山靴が重く感じられた。
まるで鉛を身につけているようで、足運びが思うようにいかない。
だから次は、自分で編んだ草鞋で登ってみたいと思った。

次の挑戦は翌月の焼岳だった。
初めてのソロ登山でもある。
焼岳小屋では、若いスタッフの方に
「草鞋で登ってこられた方は初めてです」
と驚いた様子で声をかけられた。
少しだけ誇らしかった。
今回は正真正銘、自分で編んだ草鞋を履いていたからだ。
登山道でも何人もの方から声をかけられた。
「草鞋ですか? すごいですね」
そして決まって続く。
「痛くないんですか?」
私はそのたびに立ち止まり、
「思っているより、ずっと気持ちいいですよ」
と答えた。
もちろん実際には快適なことばかりではない。
鼻緒は肌に擦れて血がにじみ、絆創膏やテーピングで補強しながら歩いていた。
今思えば、縄綯いの技術もまだまだ十分ではなかったからだ。

なんとか一足で頂上までたどり着くことができた。
けれど下山時には、かかと部分に穴が開いてしまった。時間にも追われていたため、途中からダブルマンサンダルに履き替えて、急いで下山した。
それでも、焼岳登山で得たものは大きかった。
後に大石先生から、こんな言葉をいただいた。
「実際に山を歩いているときのことをイメージできると、より頑丈な草鞋が編めるようになる」
早い段階で実際に山を歩いてみたからこそ、自分の草鞋の課題もたくさん見えてきた。
私が先生と初めて出会ったときには、先生はすでに500足以上の草鞋を編まれていた。
千日回峰行を行う阿闍梨が履けるような堅牢な草鞋を目指し、今もなお探求を続けておられる。
気がつけば、その数は600足を超えたそうだ。

履いて走った頑丈な草鞋
私はまだ、思い描いた草鞋にはほど遠い。
それでも少しずつ、自分の草鞋を編めるようになってきた。
自分の足に合った草鞋で、山や森を気持ちよく歩いてみたい。
そして、それが凛とした美しさを湛えた草鞋だったらなお嬉しい。
履き心地と耐久性。
そして、凛とした美しさ。
その三つが調和した草鞋を、いつか編めるようになりたい。
そう思いながら、最初はまったくときめかなかった草鞋を、今も編み続けている。

こんな凛とした草鞋を編めるようになりたい。
(②につづく)
※三年前に初めて草鞋を編んだ時の様子は、
こちらをご覧になってください↓
