ユニバは100年前からユニバ?地図と空中写真で今昔探訪 USJ(桜島)
みなさん、こんにちは。
はいちーず!と申します。
お読みいただきありがとうございます。
今回はスーパー・ニンテンドー・ワールドなどが大人気で、インバウンド客も多く訪れている"ユニバ(USJ)"ことユニバーサル・スタジオ・ジャパン(桜島)周辺の変遷に迫ります。
友達とUSJのアトラクションを待っている間に話すUSJ雑学、ぜひ仕入れていってください。
USJ(桜島)周辺の地形

まずはユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)周辺の地形について見ていきます。
地図の青破線は、旧版地形図(の堤防記号)と文献をもとにした江戸時代の海岸線を示し、紫破線は駐車場などバックヤードエリアも含んだ現在のUSJの敷地を示しています。
地図から分かるようにこのエリアは、江戸時代はギリギリ海の中でした。
また治水地形分類図の情報から、黄色背景に赤横線の範囲は埋立地、白色背景に赤破線の範囲は干拓地となっています。
大昔の旧版地形図(仮製図)などから、駅や商業施設ユニバーサル・シティ・ウォークのある場所は江戸時代に、USJの北側、スーパー・ニンテンドー・ワールドやハリーポッターのエリアなどがある場所は明治時代に干拓が行われました。一方でパークの南側や現在の桜島駅の方面は明治時代以降に埋立により土地が造成されました。
ところで干拓と埋立はよく似ていますが、何が違うかはご存じですか。
干拓と埋立の違いについて簡単に説明します。
干拓は水部を堤防で囲い、水部の水を抜くことで、陸地を造成します。
一方埋立は水部に土などを投入し、盛り土をする形で陸地を造成します。
このため一般に干拓地は標高が0m前後となる一方で、埋立地はおおよそ標高1〜4m程度となっている場合が多いです。
また干拓は主に江戸〜明治期に多く行われた一方で、埋立は明治〜現在にかけて多く行われています。
さらに埋立は過去の高潮被害の教訓や津波対策のために、埋立時期が新しいほど標高も高くなりがちです。
万博期間中に津波注意報が発令され「海に面した夢洲は危険」などと一部で言われていましたが、“標高の観点”では夢洲よりも、標高0m以下のエリアが多い梅田などの方が危険といえます。
明治期のUSJ(桜島)

明治42年、1909年に測量されたUSJ、桜島周辺の様子です。
青破線は旧堤防(昔の堤防)をなぞり、江戸時代の海岸線を示しています。
紫破線は現在のUSJの敷地(駐車場、バックヤードを含む)を示します。
地図を見ると江戸時代の海岸線のところまでは「田」が広がっていますが、明治期に干拓・埋立を行ったエリアは「荒れ地」が広がっています。
USJの敷地の北側には、まだ水部も確認できますので、まだ"干拓途中"という所かと思われます。
他にも色々と面白いものが地図中にありますので紹介します。
現在のUSJ内ジュラシックパークザライドのアトラクション入口付近に「天保山駅」という西成線(今のJRゆめ咲線(桜島線))の鉄道駅がありました。
当時は今の大阪環状線の西九条-今宮間が開通していませんので、天保山-大阪駅間を運行する主役路線でした。
天保山駅の近くに渡船航路の地図記号が確認でき、渡し船で対岸の天保山に渡れるようになっています。
対岸のなのにわざわざ天保山駅と名乗るほど、当時は何もなかったんですね…
対岸の地名をつけるのは広島の「宮島口」とか"東京"ディズニーランドみたいな感覚でしょうか。
ちなみにこの桜島-天保山間の渡船は現在も運航されています。市営のものはなんと無料です。
ユニバと海遊館をハシゴしたい方はぜひどうぞ。
もう一つ、地図の右(東)側に「汽車製造所」と「住友鋳銅所」の工場が確認できます。
汽車製造所では鉄道車両を、住友鋳銅所では鉄道の車輪などの部品を作っていたわけです。
この時すでに大阪市内は市街化が進んでいたため、安くて広い土地かつ輸出入が容易な場所を求めて海辺へ工場が進出して行きました。
このことが、USJがこの場所に出来たきっかけを作ることになります。
戦前期のUSJ(桜島)

1928年頃に大阪市によって撮影されたUSJ、桜島周辺の様子です。引き続き、青破線は江戸時代の海岸線を、紫破線は現在のUSJの敷地を示しています。
天保山駅は桜島駅に改称されました。
また大阪市電西野田桜島線が大正時代に開業し、市街地と港湾部との人の流れが活発になりました。
現在のUSJ敷地外、北東側に北港温泉(潮湯)という2000人ほどが収容できるレジャー温泉施設がありました。
隣には海水浴場もあったようです。
人気を博しましたが、1934年に室戸台風の被害に遭い、閉業しました。
約100年前、ユニバの近くに大型レジャー施設があったなんて何か巡り合わせを感じますね。
もし現在まで残っていれば、ナガシマスパーランドのような温泉も魅力的なリゾートになっていたかもしれませんね。
経済発展が進む中で、より多くの工場や物流施設が桜島周辺に立地しました。
特に大阪を本拠に据えていた住友財閥系の工場や施設(合併も含む)が、現在でも多く残っています。
現在のユニバーサルシティ駅のあたりは、安治川口の貨物駅の水中貯木場として利用されていました。
桜島の埠頭部では三菱倉庫や三井物産など、名だたる企業が立地し、貿易を行ってきました
現在のUSJの南側には日立造船(大阪鐵工所、現カナデビア)の工場がありました。
写真では見にくいですが、大型のドックが5つ確認できます。
大正時代は第一次世界大戦の影響もあり、船舶の欧州への輸出も活発でしたから、多くの船がこの場所から"ユニバーサル"に旅立っていったことでしょう。
高度経済成長期のUSJ(桜島)

続いて、1975年に撮影されたUSJ、桜島周辺の空中写真です。これまでよりも少し寄りの写真(大縮尺)にしています。
引き続き、青破線は江戸時代の海岸線を、紫破線は現在のUSJの敷地を示します。
日立造船のドックがなくなり、安治川口の貨物駅の貯木場も埋め立てられました。
大阪市電も廃線となりました。
時代の変化を感じます。
多くの地域だと、この年代が特に街が成長していく様子が見られるのですが、この地域はどちらかというと衰退という感じでしょうか。
戦前の写真ではUSJ敷地の北東部の運河や南側の安治川に数えきれないほどの船がありましたが、それもあまり確認できません。
開業直前のUSJ(桜島)

1998年に撮影されたUSJ、桜島周辺の空中写真です。
USJは2001年に開園しましたので、その直前になります。
引き続き、青破線は江戸時代の海岸線を、紫破線は現在のUSJの敷地を示します。
水色の破線は埋め立てられた北港運河の範囲を示しています。
USJ建設に伴い、周辺の土地利用が大きく変化しました。
まずUSJ建設が決まり、敷地南側の日立造船の工場が熊本県内へ移転し更地になりました。
そして敷地北側の住友金属の施設が取り壊され、更地になりました。
USJの建設は当初堺市の港湾部が有力地とされていましたが、事業費や交通の便などから破談となり大阪市が駆け込みで誘致を行い、当初は鶴浜(今のIKEAのあたり)などの案もありましたが、最終的に桜島に決まったようです。
そしてUSJ敷地北東部の北港運河が埋め立てられました。
この運河は1917年に住友財閥によって開削が始まりましたが、たった80年程度で役割を終えてしまうことになりました。
この運河には鉄道、道路ともに可動橋(跳ね橋)が架かっており、現代の日本では珍しい光景が見られたそうです。
さらにJR桜島線がUSJ建設予定地の真ん中を通っていたことから、南側の敷地外に移設されました。
同時に建設予定地内にあった桜島駅が南西側に移転しました。
空中写真撮影時点では、まだ移設されていませんが、移設後の新線、新駅が確認できます。
写真右端のユニバーサルシティ駅(白い屋根が目印)が貨物駅の真ん中にポツンとあるのはかなり違和感のある光景ですね。
現在のUSJ(桜島)

2017年撮影の空中写真になります。
USJが開園しています。
青破線は江戸時代の海岸線を、紫破線は現在のUSJの敷地を、水色破線は旧北港運河の範囲を示しています。
桜島線の旧線を赤線で重ね合わせました。
現在の場所でいうと、ちょうどエントランスの門のあたりから、ハリウッドドリームザライドのジェットコースターのルート沿いを通り、ラグーン、ジュラシックパークザライドのアトラクション入口付近を通っていました。
旅客用の旧桜島駅はジュラシックパークあたりにありました。
今は何の面影もありませんね。
そのまま残してホグワーツ特急でも走っていれば感動ものだったかもしれませんね()
ハリウッド映画ってアメリカ、ロサンゼルスが車社会のためか、あまり鉄道出てきませんよね。
日本だと君の名はとかシンゴジラとか(古い!)、ドラマなんかでも通勤電車とかよく出てきますよね。
文化の違いでしょうか…
USJは開業以来、大規模なパーク拡張を2回行っています。
一つは2014年の"ハリポタ"ことハリー・ポッターのエリアの開業、もう一つは地図で"SNW"と書きましたが、2021年のスーパー・ニンテンドー・ワールドの開業です。
(2017年撮影の空中写真なのでスーパー・ニンテンドー・ワールドは心の眼でみてください!)
それまであった平面駐車場を、新たに立体駐車場を作り集約(敷地北西部、ウォーターワールドの裏)し、平面駐車場の跡地を利用してエリアを拡張しました。
今の敷地では、さすがにこれ以上は拡張が難しそうですね。
一時期「沖縄に第二パーク」なんて言われてましたが、このあとどうするんですかね。万博跡地に進出とかあったりなかったりして…
ユニバーサルシティ駅の周りには、ショッピング施設のユニバーサルシティウォークのほかに実はマンションが多く立地しています。
この辺りのマンションは高価格帯で居住面積が広いものが多いです。
桜島の大企業の従業員と国内外のユニバガチ勢向けでしょうか。
ユニバーサルシティウォークの裏側へ行くと、突然空気感がガラッと変わってマンション街になるので面白いなと思っています。
皆さんも機会があればぜひ見てみてください。
終わりに(USJの標高の謎)
USJ(桜島)の今昔探訪いかがでしたでしょうか。
今では多数の人で賑わう観光地ですが、昔は対岸の大阪港側の方が人も働く場所も圧倒的に多かったんですね。

最後に現在のUSJ周辺の標高の話で面白いものがありますので、紹介します。
地図は標高値をもとに標高-1m以下は青系色に、標高1m以上は赤系色に、それぞれ色が濃くなるごとに数値が大きくなります。
また数字はその場所の標高値を示しています。
USJの敷地は周囲と比べかなり標高が高くなっていることが分かります。
特にパーク外のホテルユニバーサルポートなどがある安治川沿いは顕著で、「浸水させない」という強い意志を感じます。
パーク内の標高がなぜ高いかご存知ですか。
盛り土も少しはありますが、実は私たちが普段遊ぶパークは2階部分にあたり、1階部分はUSJ運営会社のオフィスやバックヤードが広がっています。
どこまで広がっているかは公表されていませんので分かりませんが、パークエントランス部分を起点にした標高5m程度の範囲、具体的にはエントランス部分、ハリウッドエリア、ニューヨークエリア、サンフランシスコエリアが該当します。
通常このDEMと呼ばれる測量データから得られる標高値は建築物の影響が除去されますが、USJの場合はパークを地上として考えないと、かえって地図表現に違和感が生じますので、このようになっていると推察されます。
地図制作者泣かせの"建物"です…
そういうこともあり、USJのパーク上での浸水リスクはかなり低く、ゲストの安全がよく考えられてると思います(誰目線?)。
これからもUSJの"No Limit"な進化に期待です!
(ぜひホグワーツ特急走らせて!)
記事を通して、地図や地理のことに少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回以降も地図・地理の魅力的なコンテンツを発信できればと思います。
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参考文献
渋沢社史データベース
ご昭和ねがいます HP
日本の鉄道貨物輸送と物流 HP
中川 嵩章・真田 純子(2022),「大阪北港株式会社設立期の経営地開発計画と その背景に関する研究」,土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.77, No.5
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/77/5/77_I_291/_pdf/-char/ja
USJのツボHP
