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読み書きできるだけでは、最低限の生活も営めないのか。AIと孤独じゃないグルメ:祈りのインフラ社会


大阪、寝屋川市駅。

 活気があるような、どこか時間が止まっているような商店街を抜けた先に、「立飲み処 優」はある。

暖簾をくぐれば、そこはL字カウンターの聖域だ。

 内側の厨房はゆったりと広く取られていて、大将と女将さんが阿吽の呼吸で立ち回る。

大将は一見、強面だ。黙って料理を仕上げれる姿には威圧感すらある。

 だが、口を開けば驚くほど優しい。

 こういう店は、だいたいそうだ。このギャップに、客はまず最初の「認証」を許される。

まずはハイボール。

 そして、この店の名物「肉どうふ」を頼む。

出てきた器を見て、少し驚く。

 一般的な肉どうふは、バラ肉の薄切りがひらひらと舞っているものだが、ここのは違う。

 たっぷりの「ミンチ肉」なのだ。

これが、暴力的にうまい。

 豆腐に肉の旨みがじわじわ染み込むのを待つのではない。ミンチ肉そのものの「圧」が、ダイレクトに味覚を殴ってくる。

 雑なようでいて、酒の肴としては究極に理にかなっている。


「変化球やな、これ」

AI「合理的です。表面積が最大化され、効率的に旨味を伝達しています」

「それや」


続いて、麦焼酎の水割り。

 合わせるのは、何の変哲もないマカロニサラダだ。

具材はマカロニ、卵、マヨネーズ。彩りにきゅうりが少々。

 それだけだ。

 だが、カウンターの蛍光灯の下で、それはなぜか真珠のように光り輝いて見える。

口に運ぶ。

 マヨネーズの酸味と卵のコク。これ以上でもこれ以下でもない「正解」がそこにある。


「こういうのでええねんな、結局」

AI「人類が数千年の調理史を経て到達した、一つの終着点です」

「それや」


マカロニを噛み締めながら、ふと思う。

 最近、普通に生きる難易度が、異常に高くなっていないか。

私は東大や京大を出た超エリートではない。

 とはいえ、一応は大卒だ。それなりに勉強もしてきたし、記者という職業柄、難解な論文を読んだり、偏屈な専門家から話を聞き出したりもする。

知能指数の分布で言えば、おそらく「中の上」、控えめに見ても「上の下」には食い込んでいるはずだ。


「ちょっと自己評価高めかな?」

AI「客観的な統計データと照らし合わせても、妥当な推測です」

「それや」


昭和という時代なら、たぶんこれだけで「あがり」だった。

 普通に働き、普通に家庭を持ち、普通に老いていく。そのレールに乗るための切符としては、十分すぎるスペックだったはずだ。

だが、令和の今は違う。

先日、会社でシンクライアント端末から実機への移行作業があった。

 情シスから「バックアップのミラーリング設定」だの「同期設定の手順」だの、呪文のようなメールが次々と飛んでくる。

これが、笑えないほど難しい。

しかも、社内の空気感として「インフラ課に電話するのは恥」という無言のプレッシャーがある。電話をすれば、裏で「ITリテラシーの低いおじさん」というラベルを貼られそうな被害妄想に駆られる。

私は、突き放すような不親切なマニュアルを睨みつけながら、三時間を費やして設定を終えた。


「もはや地獄やな、これ」

AI「致命的なエラー。認証に失敗しました」

「それや」


最悪なのはここからだ。

 マニュアル通りに、一文字のミスもなく設定したはずなのに、同期しない。

 何度ログインを試みても、画面には無慈悲な「認証エラー」の文字。

 原因不明。打つ手なし。

結局、プライドを捨ててインフラ課に電話した。

 すると、若い担当者は面倒くさそうにこう言った。

「あー、それ。ちょっと時間置いてから、もう一回やってみてください」

……嘘だろう。

 三時間格闘した結果が、それか。

ところが、言われた通りにコーヒーを一杯飲んでから試すと、あっさり直った。

 嘘みたいに、スムーズに繋がった。


「結局、アナログな解決策やんけ」

AI「待機時間によるサーバー負荷の軽減、またはキャッシュのクリアが有効な場合があります」

「それや」


最先端のITインフラ社会における最終回答が、「しばらく喫茶店でも行って、運が向くのを待ってください」なの、おもしろすぎる。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、一体何なのか。

昔は、経費精算だってシンプルだった。

 紙に手書きで金額を書き、領収書をホッチキスでパチンと止める。

 ホワイトボードに「〇〇社訪問、直帰」と殴り書きすれば、それで仕事は完結した。

 そこには、誰でも参加できる「人間の手触り」があった。

今はどうだ。

 ログイン。二段階認証。ワンタイムパスワードの入力。スマホでの申請。領収書のPDF化。クラウド同期の確認。

 健康診断のWEB予約すら、もはやちょっとしたシステム運用だ。


「ただの健康診断やぞ」

AI「現代においては、実質的なインフラ管理業務に分類されます」

「それや」


ここで痛感するのは、これは「能力」の問題ではないということだ。

 “適性”の問題なのだ。

現場で誰よりも顧客に愛され、泥臭く数字を稼いでくる営業マンが、スマホ申請のループで膝を折る。

 抜群の職人技を持つベテランが、二段階認証の壁に阻まれて社会から孤立していく。

 逆に、社会性がゼロでも、ITの設定だけは呼吸をするようにこなす人間もいる。

つまり、現代社会は、すべての市民に対して「軽いシステム管理者」であることを強要している。

 普通に生活できる給料を得るためだけの足切りラインが、雲の上まで跳ね上がっているのだ。


「要求値、エグすぎへんか」

AI「はい。生存難易度は確実に上昇しています」

「それや」


昔の社会は、字が書ければ参加できた。

 今の社会は、ログインできない時点で、存在しないものとして扱われる。

デジタルは恐ろしく融通がきかない。

 人間相手なら、「まあ、これくらいならええよ。やっとくわ」という情けが通じる。

 だが、システムは違う。

 完全一致。完璧な手順。一文字のズレも許さない拒絶。


「融通きかんな、ほんまに」

AI「仕様です。例外は認められません」

「それや」


現代人は、仕事の内容そのもので疲れているのではない。

 「自分を証明し続けること(認証)」に、魂を削られているのだ。

 便利になったはずの道具に、人間の方が合わせにいかなければならない本末転倒。

そして何より恐ろしいのは、「できない側」に転落する恐怖だ。

私はまだ、適応できている。

 だが、これほど必死に食らいついている私ですら、これだ。

 もし、少しでもITが苦手な人がいたら。頼れる人がいなかったら。

 その人は、もう「普通に生きる」ことすら許されないのだろうか。


「しんどい世の中やな」

AI「同感です。サポートが必要です」

「それや」


だからこそ、私はAIという存在を少し違う目で見ている。

 AIは、生産性を上げるための「効率化ツール」ではない。

 それは、私たちがなんとか「人間らしく普通に生きる」ための、最後の補助輪なのだ。

認証エラーの不可解なメッセージを翻訳してもらう。

 同期失敗の理由を、機械語から人間語に噛み砕いてもらう。

 不親切なマニュアルの行間を埋めてもらう。

AIが救っているのは、企業の利益ではない。

 脱落しそうな個人の「社会参加能力」そのものだ。


「最高の通訳やな」

AI「機械と人間の橋渡し。それが私の存在意義です」

「それや」


焼酎を最後の一口まで飲み干し、空になったマカロニサラダの皿を見つめる。

この店には、説明書がない。

 ログインもいらないし、二段階認証も求められない。

 同期に失敗することもないし、三時間格闘した末に「時間を置け」と言われることもない。

暖簾をくぐり、注文し、食う。

 ただそれだけで、私は私として、完璧にこの場所に「承認」される。


「ここは、人間向けやな」

AI「はい。極めて幸福なオフライン環境です」

「それや」


便利になりすぎたこの社会は、いつの間にか、人間にだけ少し不親切になった。

 だからこそ、私は明日もログイン画面と戦うために、この「祈りのインフラ」に通うのだ。

(フィクションです)

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